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第二部 炎魔の座

第百二十四話 氷塊と岩塊

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「やはりこの程度か。当代の剣士が聞いて呆れるな。この程度でこの俺を倒すつもりだと?」

「く……僕はお前みたいな、力の為に同門を殺した奴には負けない!」

「懐かしい話だ」



 サムソンが瞬身斬でグレンの背後に回る。しかしグレンも瞬速でそれを避け、反撃する。互いに目にも止まらぬスピードによる攻防だが……それでも疲労を見せるサムソンに対して、グレンは焦りがなく余裕が見て取れた。



「後世に俺の話が伝わっているとはな。いや、百年後の今日まであの流派が、俺と同じ血筋が残っているとはな。長生きはしてみるものだ」

「く……喋っている余裕があるのか⁉」

「余裕を持たせているのはお前だろう?」

「……っ!」



 サムソンは善戦している。あのグレンに食らいついているのだから。だが、いや……あえてグレンが手加減しているのか……? さっきまでの俺達にしていた試し斬りと同じように。

 あいつは遊んでやがるんだ。圧倒的強者としての傲慢によって、弱者の足掻く姿を高みから眺めているんだ。

 それは裏を返せば、奴を倒す綻びにもなり得る傲慢さだ。しかし……いまの俺達には、俺には、戦うだけの力が残されていない。力は使い果たしてしまった。

 だが……それでも……やるしかない……俺にやれることを……なんとかして……。



「「ウオオオオ……ッ!」」



 そのとき、俺の背後のほうから猛る声が響いた。鳥と虎が振り返り、その背に乗っていた俺にも声の主が映り込む。傷だらけの身体から血を流しながら立ち上がる、ライースとザイだった。



「アイスランス!」

「グランドアックス!」



 氷の槍と大地の斧。二人は魔法で各々の武器を生成すると、魔力をまとってグレンとサムソンへと迫っていく。



「誰か知らねえが、ポッと出の剣士に任せっきりには出来ねえなあ!」

「ここで戦らなきゃ、このザイ様の面目に関わるんだよ!」



 雨のように降り注ぐ槍撃と、大地を揺るがす斧撃。サムソンの斬撃も合わせて、三人の連携攻撃がグレンへと襲い掛かっていく。



「ほお……即席の連携にしてはよく出来ている。雑魚とはいえ武人の端くれに違いはなかったか」



 しかし、三人のその連携ですら、グレンは涼しい顔で捌いていた。ときに受け止め、ときに流し、ときに紙一重で回避する。まるで子供の相手でもするかのように。

 グレンの言う通り、サムソン達の連携はよく出来ていた。サムソンと二人は完全に初めての共闘であり、事前の打ち合わせもない。そんななかで互いに息の合った連携が出来るのは、流石だと言わざるを得ない。

 だがしかし。それでもグレンには届かない。届いていない。三人の実力を合わせても、その足元を掬うことすらできないでいる。



「とはいえ、流石に飽きてきた。三人もいて、この俺に掠り傷一つ負わせられないとはな。そろそろ終わりにしよう。その後で、あの光の神格継承者をこの世から……」

「「余裕ぶっこいてんじゃねえ!」」



 ライースとザイが吼える。二人の武器の先に一際大きな魔法陣が展開されていく。



「「くらえ!」」



 その魔法陣から先端の尖った巨大な氷塊と岩塊が出現し、グレンへと撃ち出された。成体のドラゴンほどもあるその巨大さと込められている魔力量から察するに、二人のいまできる渾身を込めた一撃に他ならないだろう。



「無駄な足掻きだな。蹴散らすまでもない」



 そう言ったグレンが姿を消す。瞬身斬による瞬速の回避だ。空中へと飛び上がった奴へと、避けられることを見越していたらしいサムソンが斬り掛かっていく。

 魔力を使い果たしたライースとザイが地面に膝をつく。渾身の一撃にもかかわらず、あっさりとグレンに避けられてしまった……そのことに満身創痍の表情をしているかと思いきや。遠くからでよく分からないが、二人の顔には不敵な笑みが浮かんでいる気がした。

 グレンを捉え損ねた氷塊と岩塊は、奇しくも鳥と虎のほう……俺達のほうへと突き進んでくる。鳥が上空へと飛び上がり、虎もまた直撃を避けるためにこの場を離れようとする。

 そのとき。それらの攻撃を撃ち出した当の二人が大声で叫んできた。



「「避けんじゃねえ!」」



 虎が踏み留まる。訝しむ気配と逡巡する体躯。命中まで時間はなく、いま離れなければ直撃は免れない。あのような巨大な攻撃を受ければ、間違いなく大ダメージを受けてしまうだろう。

 だが……ライースとザイの顔にはなにかしらの確信があるように見えた。グレンを倒したいのなら俺達を信じろ……そうとでも言うような目つきだ。



「……避けないでくれ……奴らにはなにかあるんだ……なにか……」



 ここから逆転できるような秘策が。そうなのだと、俺は奴らを信じてみたいと思う。少なくともグレンを倒すために無意味なことはしないはずだと。

 空中ではグレンとサムソンが剣戟を繰り広げている。だが二人の力量には差があり、余裕のグレンに対してサムソンは疲労が蓄積していっている。このままではいずれ殺られるのは時間の問題だろう。

 蚊の鳴くような俺の言葉を聞いて、虎の体躯が迫りくる氷塊と岩塊に向く。この虎もまた覚悟を決めたらしい。そして二種類の攻撃が俺達へと直撃した……。



「……これは……?」



 かと思ったとき、二つの塊に新たな魔法陣が展開され、俺の身体へと吸収されるように消えていく。同時に、俺の身体に魔力が復活してくる気配。

 量は多いとはいえない。だがこれは確かに魔力に違いない。そうか……ライースとザイは自分の魔力を俺に分けてきたのか……。



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