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第二部 炎魔の座

第百二十三話 融通

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 サムソンの周囲にいくつもの風の刃が出現する。それらはサムソンの動きに合わせて動き、グレンを取り囲みながら斬撃を加えていく。だがしかし、それら目にも止まらぬような複数の剣撃を、グレンは涼しい顔で捌き切っていた。



「……サムソン、挑発に乗るな……奴は、グレンは、お前の心の間隙を狙ってる……」



 魔力と体力を使い切ったいまの俺には、叫ぶ余力さえ残されていない。俺のつぶやきはサムソンに届かない。

 しかし蚊の鳴くようなそんな俺の声は、俺を咥えている巨大虎には聞こえていた。巨大虎……ベルは首を振って俺を背中に乗せると、口を大きく開けて咆哮を上げた。

 空を轟かせるような咆哮、間近にいる俺の身体にはビリビリとした振動が伝わってくる。音は振動であり、大気を震わせて遠くへと伝播していく。

 ベルの咆哮を聞いたサンドワームと紅い巨大鳥もまた咆哮を上げる。そしてそれぞれの身体の先に魔法陣が展開されて、サンドワーム……ワムの周囲に土の棘が、紅い巨大鳥……フェンの周囲に無数の紅い羽根が出現した。

 ベルが再度咆哮を上げる。それを合図にして、ワムの土棘とフェンの紅羽根がグレンとサムソンに迫っていく。



「ふっ!」



 サムソンが風魔法で即席の小さな空気の足場を作り、それを蹴って横へと跳ぶ。グレンにも利用されないように、即座に足場を消すことも忘れずに。

 一人取り残されるグレンへと土棘と紅羽根が襲い掛かっていく。サムソンもまた避けるだけではなく、さっき使ったのと同じ風の刃を生成してグレンへと放った。

 サムソンと魔物達の攻撃が奴へと直撃し、土棘の影響だろう、空中に土煙が巻き起こる。サムソンはというと、上空にいた鳥がサムソンの近くへと寄ってその背に乗せると、俺と虎がいる場所へと舞い降りてきた。



「無様な姿だな、シャイナ」



 鳥から地面へと降り立ったサムソンが言ってくる。本当のことだから仕方ないが、俺は虫の息でしか応じられない。



「…………サムソン……なんでお前がここに……?」

「ウィズ団長に雷魔の領域の近くに転移させてもらった。その時僕は帝国領内で起きた不審な火災現場を調査していたが、そこで見つけたこの魔物達も連れていけという顔つきだったから、一緒に来た」



 人間界で起きた不審な火災……きっとそれはグレンとアカ達の戦いとその痕跡を表すものだろう。それならばこの三体の魔物達がいたことも説明がつく。

 生きていたんだ。誰もが死んだと思ったあの戦いで。もしかしたらアカが最期の力で守ったのかもしれない。



「結果的にはそれが功を奏した。僕もウィズ団長もこの場所は知らなかったからな。彼らに案内してもらった。おかげで想定より早く着けた。僕だけだったら、君達の戦いを、君の光魔法を目印にしたとしても、もっと時間が掛かったからな」



 魔物達はフリートの配下で、フリートは先代の炎魔と会ったことがある。ならば配下の魔物達もここまでついてきたことがあったのだろう。



「僕が選ばれた理由は、騎士団の中で自由に動けたのが僕だけだったからだ。団長達も他のみんなも、陛下や帝国を守る義務がある」

「…………」



 皇帝はグレンとはなるべく争いを避けたがっていたはずだが……。



「何か言いたそうな顔だな。……僕はあくまで騎士団の“名誉”顧問であり、厳密には外部の人間だ。だから来られた」



 そんな融通がきくものなのか……?

 サムソンがグレンがいる空中を見上げる。奴の身体はまだ落ちてきていない。それはつまりなんらかの手段によって滞空しているということ。俺が以前使った、光の結界を足場にするようにして。



「だがおかげで、僕は僕の因縁に決着をつけることが出来る。ウィズ団長もそれを考慮して僕を送ったみたいだが」



 サムソンの眼差しが強くなる。グレンは生きている、この程度でやられるわけがない……そのことを察して、すぐに対応できるように身構えているんだ。

 そしてそれは現実となる。空中の土煙が晴れる前に、そこからなにかが飛び出して地面から伸びるサンドワームへと突撃していく。



「ワムっ!」



 トリンが叫ぶのと同時に、サンドワームの巨体に縦の斬り筋が入り、大量の血が噴水のように噴き出した。



「ワム⁉」



 一瞬にして地面へと到着したなにか……グレンがこちらへと猛スピードで迫ってくる。その背後では地響きを立てながらサンドワームが地面へと崩れ落ちていった。



「無駄話はここまでのようだ。邪魔にしかならない君は僕が奴を倒すのを見ていろ」



 捨て台詞を残して、サムソンもまた猛スピードでグレンへと向かっていく。同門の剣士二人による剣戟の嵐が再来する。

 同じ剣技なだけではなく、同じ血筋、同じ遺伝子を持つからだろう、二人の太刀筋は見分けがつかないくらいに似ていた。しかしその力には……目に見えて力量差が垣間見えている。

 サムソンが弱いわけじゃない。むしろサムソンは俺が知る剣士のなかでは上位に入る達人だ。それは間違いない。

 ただ……相手が悪すぎただけだ。グレンの実力は圧倒的であり、先に俺が与えたダメージの分を考慮しても、その力はサムソンを遥かに凌駕していた。



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