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第二部 炎魔の座

第百二十一話 『神速の光脚 《ミストルテイン》』

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 ミストルテインの一撃で倒せないこいつを倒すには……すべての攻撃をミストルテインと同等以上にするしかない。俺にできる方法はそれだけだ。


「『我が名はシャイナ。光を導く者なり。神をも殺す魔の光よ、俺の両の脚へと宿り、その速さを体現しろ。『神速の光脚 《ミストルテイン》』!』」


 俺の両脚、太ももから下の部位が光をまとう。いまこの瞬間から、俺は光の速さを体現した。
 先のミストルテインによってグレンに与えらえたダメージはわずかだが、少しばかり吹き飛ばすことはできていた。その距離を、俺は一瞬でゼロにする。


「ふむ、ただ速くなっただけなら、何の意味もない」


 奴もまた目にも止まらぬ速さで黒剣を振り抜く……が、それすらも瞬く前に避けて奴の背後へと回り込む。


「その程度か、見えているぞ」


 グレンが振り返りざまに剣を振り抜いたが、そのときにはもう俺は再び奴の背後へと移動していた。


「……⁉」


 奴がまた振り返ろうとするが、一瞬速く俺はその眼前へと出現する。


「……っ⁉」


 いまここにきて、グレンはようやく理解したようだ。そして驚愕した。光の速さを体現した俺を、奴はもう二度と捉えることも捕らえることもできはしない。
 その側頭部に光速の蹴りを叩き込む。ダンスを踊るようにその場で回転して、もう片方の脚で後ろ蹴りを連撃する。


「……っ⁉」


 音速は光速に届かない。奴がうめき声を発するより前に、俺はその腹に膝蹴りを叩き込む。のけぞった奴の頭上へと回り込み、目を見開いている頭にさらなる蹴りの追撃をする。


「ガハッ……⁉」


 ようやくグレンの声が届いてくる。しかしそのときにはもう、俺は数十数百もの光速の蹴撃を叩き込んでいた。
 ミストルテインを両脚にまとい、光速の移動と蹴撃を実現する。
 フリートと戦ったときに、俺は右拳にミストルテインを集約したことがある。右手にできるなら、両脚にもできるはずだ。そして実現させた。
 いまの俺には誰の攻撃も届かないし、俺の攻撃を防ぐこともできない。俺は光であり、光は俺だった。
 弱点はある。光拳のときと同じ弱点だ。ミストルテインを集約しているため魔力消費が尋常を超えて激しく、集約している身体箇所の負担もまた尋常ではないということ。
 平たく言えば、使用には非常に短い時間制限があり、身体的反動も著しいこと。以前と同じように、これを使ったあとしばらくは魔法も魔力も使えなくなるだろう。さらに今回は動くことも難しくなるかもしれない。
 いわばかつて光魔に借りた光速魔法の劣化互換。反動が著しいため、いまのいままで使えなかった。もしこれで勝てなければ……。


「舐めるなよガキがッ! この俺は無敵の力を……ッ!」


 叫ぶ奴の顎を蹴り上げてその口を閉じる。ここに来てようやく本性を見せたか。いままでの貫禄ある雰囲気は、無数の蹴撃の前で剥がれ落ちていったのだ。


「ヴオオオオッ!」


 口中を切ったのだろう、血を飛ばしながら奴が叫ぶ。その足元に紅蓮の魔法陣が出現し、その身を黒炎が取り巻いていった。
 間一髪のところで俺は身を引き、魔界の炎を回避する。いくら光速の脚を体現したとはいえ、魔界の炎の直撃には耐えられないだろうからだ。


「貴様は俺には勝てんッ! この魔界のッ、炎魔の黒炎がある限りッ! 全てを斬り裂き焼け爛れろッ、『レーヴァテイン』ッ!」


 奴が手にしていた黒剣に黒炎がまとわれていき、それを俺へと振り抜いてくる。天上までの縦に伸びる黒炎の斬撃波。だがいまの俺には止まって見えるほどに遅い。
 俺は紙一重でそれを回避すると、空を斬るように右足を振り抜いた。背後には大地と天上を斬り裂き、無惨な痕を残す黒炎の斬撃の気配。
 それと入れ違うようにして、振り抜いた俺の脚から光の衝撃波、いや光の斬撃波が放たれて奴へと向かう。


「ッ⁉」


 蹴撃と同じく光の速度のそれを避けることなどできない。視覚として認識したその瞬間に、光の斬撃は奴の身体へと衝突していた。
 一撃だけで終わらせるつもりはない。グレンが身をのけ反らせるよりも速く、防御や回避をするよりも速く、光速による光の斬撃を連射する。


「……ッ⁉」


 視覚を持つあらゆる生物は、光を目で捉えることで物を視認することができる。そこには、光が放たれた瞬間から目で受容するまでの間に微かなタイムラグがある。普通なら無視できるほどの時間差……だが。
 俺の瞳には奴ののけ反る姿が映っている。しかしその実、本来の奴の身体にはそれを遥かに超える数の光の斬撃が激突していた。いま俺が視認しているのは、微かな時間差による過去の映像に過ぎない。


「ふッ、ざけるなァッ⁉ この俺は最強無敵の炎魔だッ! 何者だろうと俺には……ッ!」


 音は光よりも遅い。耳に届くこの絶叫も、また微かな時間差による過去の音声だ。それならば、『現在』の、真実の奴の現状はなにか?
 光が、音が、過去から『現在』へと追い付いていく。真実のいまのグレンの姿は、身にまとっていた魔界の炎が消え失せて、無数の斬傷から河のように血液を流して仁王立ちしていた。
 眼球は白眼を剥き、口は絶叫の状態で停止している。右手に持つ黒剣に炎はなく、左手に宿っていた黒炎も消滅していた。



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