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第二部 炎魔の座

第百十話 影塊

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 俺は胸ぐらを掴んでいたライースを放り出して、みんなに言った。



「みんな、戦闘準備だ。グレンが来たら迎え撃つぞ」

「……待って下さい、シャイナさま。いま戦っても勝ち目はありません、ここはこの場から退避するのが得策かと……」



 それはつまり、ライースを見捨てるということ。俺は依然顔に陰を差したままのライースを見下ろす。

 こいつは確かに敵でヨナの命も狙ってきた……が、一人の武人でもあった。エフィルのように命を弄ぶようなことはしなかった。

 情けをかけるつもりはないとはいえ……。

 俺が考えている間に、ヨナが転移の魔法陣を足元に展開していく。あと数秒ほどで展開が完了するというときに、エイラが言ってきた。



「待って。そもそもグレンはどうやってそのライースの場所を、つまりここを特定して、どんな方法で来るつもりなのかな?」

「それは……転移してくるんじゃないか? こっちの世界にはそれで来たんだろうし、ライースの居場所は探知魔法とかで……」



 俺は推測を答える。しかしエイラは納得していないように。



「でも、それならいままでの間にもう来てたんじゃないかな? ライースを捕まえた最初のうちは、ライースを拠点に置いてたんだから」

「あ……」



 そういえば、そうだ。ということは、グレンは便利な探知魔法や転移魔法を自由に使えないということに……。



「待て、それだとおかしいことになる。探知魔法は使えないのだとしても、転移魔法に関しては、グレンは実際に魔界と人間界を行き来しているじゃねえか」

「うん。だから変なんだよ。グレンはどうやって世界間を移動できたんだろう?」



 転移できたのなら、これまでで自由に俺達の前に現れていたはずだ。転移できないのなら、そもそも魔界と人間界を行き来できるわけがない。



「つまり……グレンは転移魔法以外の方法で、魔界と人間界を行き来していた……?」



 俺はつぶやく。すると、俺達の会話を聞いていたウィズが口を挟んできた。



「詳しい事情は分からないが、転移魔法以外で転移するとなると、考えられるのは次元の断裂くらいだな」

「「次元の断裂……」」



 俺とエイラはウィズへと顔を向ける。

 次元の断裂。魔界に行ったときにヨナから説明された現象。様々な要因によって空間に裂け目が生じ、魔界と人間界の行き来を可能にするもののことだ。



「おそらくグレンは次元の断裂を使い、空間移動しているのだろう」



 ウィズがそう推測する。転移魔法による移動ができないのなら、確かにそれしか方法がないように思えるが……しかしそれでも疑問は残る。

 俺はウィズに言った。



「次元の断裂を使っているのは正解だと思うが……だが、そう都合良く見つかるものなのか? それも自分が行きたい場所にピンポイントで?」

「それは……可能性はゼロではないが、低いことは確かだな。少なくとも都合の良い偶然は何度も続かない」



 一度くらいなら、あるいはあるかもしれない。だが、そう何度も狙って使うことはできないはずだ……ということだ。俺は独り言のように言う。



「つまり……他にもなにかあるはずってことだ。意図的に、ピンポイントの空間の断裂を見つける方法が……」



 それが分かれば。あるいはグレンの追っ手を振り切れるかもしれないが……しかし……。

 俺達の話を聞いていたトリンが口を開いて、か細い声で言ってきた。魔物とはいえ仲間達が殺られたことにショックを受けて、未だに気持ちの整理がついていない様子で。



「ねえ……そんなこといいから、早く逃げようよ……そんな奴ほっとけば、あたし達は助かるんだからさ……」



 俺達の視線がトリンへと集中する。仲間達の仇を取るっ……てっきりそんなことを言うかと思っていたが、弱々しい声音で言う彼女は、年相応の女の子に見えた。

 トリンの背中に手を添えていたヨナが、俺達に進言してくる。



「……トリンの言う通りかと思います……いまはこの場を離れることが先決かと……フリート様の消火は、そのあとで何とかして……」



 このままここに居続ければ、やがてグレンがやってくることは間違いない。どんな方法で次元の断裂を使っているのかはまだ分からないが、もう迷っている時間は……。



「待てよ……」



 そのとき、俺の頭になにかが引っ掛かった。その原因はすぐに見つかった。さっきエイラが言っていたじゃないか、どうやってグレンは俺達の、ライースの居場所を探知するのかと。

 俺は視線を走らせる。目当てのものはすぐに見つかった。ヨナが大事にそばに置いているもの……フリートを包んだ影塊はそこにある。



「……どうしました、シャイナさま……?」



 尋ねてくるヨナに視線を移して、俺は言う。



「グレンはライース自身を探知してくるわけじゃない。そこで、ヨナの影のなかで燃え続けているフリートの、その炎を探知して追いかけてくるんだ」

「……⁉」



 ヨナだけでなく、みんながハッと気付いた表情を浮かべた。無気力に横たわっていたライースもまた、こちらへと暗い視線を向けてくる。



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