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第二部 炎魔の座

第百七話 炎と瓦礫

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「どうした、アカ?」



 通信の邪魔にならないように配慮した声量で俺が聞くが、アカは通信している場合ではないといように、切羽詰まった声で言った。



「来ます……っ!」



 来る……? その瞬間、俺もハッとする。ヨナもまた気付いたようだ。



「「……まさか……⁉」」



 衝撃音とともに天井が崩れてくる。その先からはドラゴンのような炎の奔流が流れ込む。直感で分かる、これこそまさに炎魔の火炎魔法だ。



「皆さんっ!」



 アカが叫ぶ。その声すら炎と瓦礫に飲み込まれていく。……しかしその数瞬後、多大なダメージを受けたと思った俺の身体には痛みは走っていなく、気が付いたとき目の前に広がっていたのは両腕を空へと伸ばすアカと、俺達を囲む赤みを帯びた透明なドーム状のバリアだった。



「うく……っ」



 バリアが消えて、アカが床……床だった地面へと膝をつく。さっきまでいた拠点はなくなっていた。あとにあるのは破壊され燃え残った瓦礫と灰の山だった。



「ふむ。さすがに炎だけでは耐えるか。炎魔源の片割れだからな」



 声がする。低い声、グレンの声だ。焼け野原と化した視界の先から、以前と同じように身体を覆い隠すような外套をまとった男が現れる。

 右手には純黒の剣、左手には燃え盛る炎塊。そしてフードを外したその顔は、見慣れている、しかし知っている奴とは別人の同じ顔。サムソンの祖先であり、かつて死んだはずの剣士がそこにいた。



「ほう。流石に驚いた。間違いなく殺したはずの奴がいるではないか」



 グレンの瞳が俺に固定される。俺の首元に視線が集中する。生々しく痛々しいギザギザの切断痕が残る首へと。



「よく似た別人、というわけではなさそうだ。致命傷を外したわけでもない」



 なにかを思い出したのか、グレンが含み笑いをする。



「……神格魔法……ミストルテイン……なるほど、光魔の仕業か」



 俺が命をつなげたのは、夢のなかの光魔の話では、あくまで『生きたい』『死ぬわけにはいかない』という俺の意志が奇跡を引き起こしたらしい。たった一度の奇跡、もう二度とは起こらない奇跡だ。



「ならばまた殺すだけだがな。今度は間違っても再生しないように、灰すら残さず焼滅してやろう」



 奴が剣を持つ手に力を込める、もう片方の手にまとう炎塊が一際燃え上がる。

 グレンが見ているのは俺だけであり、本来の目的であるはずのアカや、炎魔争奪のライバルのはずのフリートには目もくれていない。

 二人のことは、みんなのことはいつでもなんとでもできると思っているんだ。自身が炎魔になることはもう確定していて、みんながその障害になることはもうないと。

 そのとき、俺の横を風のように飛び出していくものがいた。フリートだ。いまのグレンの襲撃によって通信は途切れていて、そしてグレンの注意が俺へと向いている隙を突いて攻勢に転じたんだ。

 グレンの前へと飛び出したフリートが、魔力を込めた拳を奴へと叩き込む。その魔力の練度は非常に高く、おそらく自分の数倍数十倍はあるドラゴンですら仕留められるくらいだろう。

 俺ですら魔力で身体を強化していたとしても、まともに喰らえばひとたまりもないはずだ。大ダメージを受けるのは必至だろう。そのフリートの渾身の一撃は、グレンへと正面から直撃した。……が。



「良い一撃だ。しかし撃つべき相手が悪かったな」

「……っ⁉」



 フリートだけでなく、俺達全員が驚愕する。グレンは平然とした顔で受け止めて……いや、その身体のほんの少し手前で、フリートの拳は赤色のバリアに防がれていた。

 アカが使ったのと同じ類いの、防壁魔法。しかしアカのよりも、なおさらに高度で強力なバリアだった。



「己の無力を悔いながら燃えるがいい」



 グレンを守っていた防壁が、触れていたフリートの拳からその全身へとまとわりついていく。一瞬後、フリートの全身が燃え盛る火炎に飲み込まれていった。



「ぐおおっ⁉」



 フリートの身体がよろめく。地面へと倒れそうになる。



「……フリート様……⁉」



 すかさずヨナが手をかざして、フリートの身体を影で包み込んでいった。グレンが不敵に言う。



「消そうとしても無意味だ。炎魔源からの直接の炎はこの世界のものとは性質が異なる。空気を遮断したところで消えるものではない」

「……っ……⁉」



 だがそれでもヨナは諦めようとはせず、フリートを包んだ影の塊を自身へと引き寄せていく。その影塊とすれ違うようにして、今度は幾本もの鎖がグレンへと飛び出していった。



「『チェーンバインド』!」



 トリンが放った鎖。巻き付けた対象の動きを拘束する縛魔法の鎖だ。しかしその鎖はグレンへと届く前に、炎に包まれて一瞬で蒸発するように消えていった。



「なっ⁉ あたしの鎖がっ⁉」

「子供か。お前は初めて見るな。フリートの部下か?」



 トリンはいままでずっと待機していたから、グレンも会うのは初めてなのだろう。だがしかし、初見のはずの彼女の魔法ですら、グレンにはかすりもしなかった。



「鉄は炎で溶ける。魔法による事象同士では、通常の物理法則が適用されるからな」



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