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第二部 炎魔の座

第百六話 対話

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 炎魔を倒したあと……フリートやヨナ達と別れを告げたあのとき、確かにフリートは俺に勝つことを宣言した。すなわち必ずや再び戦うことを。



「…………、いいだろう。そんなに戦いたいなら戦ってやるよ。炎魔源を手に入れたおまえと、また全力を尽くした死闘ってやつをな」

「ふん。そうこなくてはな。今度こそ我輩が上だとその心身に刻ませてやる。二度と刃向かってこないように徹底的にな」



 話を聞いていたトリンが不満そうな声を上げた。



「えーっ⁉ あたしが先にシャイナと戦うんじゃないのーっ⁉」

「話は決まった。我慢しろ、トリン」

「えーっ⁉ ズルくなーいっ⁉」

「そんなに言うなら、こいつを屠った後で我輩が相手してやる。安心しろ、出来る限り手加減してやる」

「…………いらねー……」



 その『いらねー』はなにに対して言ったのか。つーか、フリートって実はトリンからの人望は低いのか?

 それはともかく。俺はフリートに念押しした。



「だが約束は守ってもらうぜ。皇帝と通信して、協力態勢を築いてもらうからな」

「ふん。通信はしてやる。だが協力するかは別だ。さっきも言ったが、帝国に飼い殺しにされるわけにはいかん」

「帝国も皇帝もそんなことはしない。第一、おまえを手懐けたり飼うとか無理に決まってるだろ」



 この炎魔源の争奪戦ですら、まともに俺達の言うことを聞こうとしないのに。いや、そんな奴に帝国と協力しろとか提案する俺も俺だが。



「ふん。どうだかな。力を持ち過ぎた国と権力者ほど信用できないものもない」

「…………」



 後ろでトリンがヨナとアカに、



「フリート様、特大ブーメランが刺さってるって気付いてないのかな?」



 と言っていた。



「……トリン、しー、ですよ……」



 ヨナが口元に人差し指を立てているのが目に見えるようだ。

 とにかく、俺はフリートを見据えて言う。



「おまえの言い分は分かった。だが、とにかく、皇帝と通信はしてくれるんだな?」

「貴様に耳はついてないのか。さっき言った通りだ」



 話はする。だが協力するとは言ってない。か。

 いや、話をするというだけでも大きな一歩だろう。このチャンスを逃すわけにはいかない。

 俺は懐中時計を取り出して、現在時刻を確かめる。帝国を出発してから約二十分ほど。皇帝の娘に言ったタイムリミットには間に合ったようだ。



「よし、それじゃあ通信を始めるぞ」



 指輪に魔力を込めて、ウィンドウを立ち上げる。画面に起こるノイズの嵐が収まっていき、真っ暗な画面が映し出される。その中央にサウンドオンリーの文字が表示されて、真っ暗な画面の向こうから若い女の声が聞こえてきた。



『へ、へぁいっ⁉』



 この声に、この応答。間違いなく皇帝の娘だ。俺は彼女に言う。



「こちらシャイナだ。フリートとの話がついた。いまフリートに代わる」

『は、はいっ、ではこちらもお父さま……帝国皇帝陛下にお代わり致します』



 俺はフリートを見やるとうなずいて、手元のウィンドウを奴の元へと滑らせていく。いよいよフリートと皇帝の話し合いが始まる。通信魔法を介してとはいえ、ここまで長かった。

 ここから先は二人の対話を見守っていこう。



『……皇帝じゃ。フリートか?』

「……ふん。久しいな、数多の人間を従えた権力者の頂点、殺し損ねた老いぼれよ」

『…………、話し始めに失礼極まる奴じゃの』

「事実だ」

『……確かに、そうじゃがな』



 あのやろう⁉ いきなりなにぶっこいてやがる⁉ 思わずフリートに文句を言おうとした俺の肩に手が置かれる。制止の手。振り返ると、ヨナが口元に人差し指を立てていた。



【……邪魔をしてはいけません……ここはフリート様に任せましょう……】



 そう言うように。仕方なく、俺は喉元まで出掛かった文句を飲み込んで、二人の対話を少し離れて見守り続ける。



『……英雄どのからある程度話は聞いておる。お主は魔界の復権の為に、帝国を支配下に置こうとしたみたいじゃな』

「貴様には関係ない。下らない話をするなら切るぞ。そんなことを長々と続けるほど、我輩は暇ではないのだからな」

『……口振りから察するに、英雄どのに説得されて私と対話はするが、件の協力関係については否定的なようじゃの』

「……我輩は奴と再戦し、今度こそ完膚なきまでの勝利を果たす為に、貴様とお喋りをしているに過ぎない。貴様らにとっての英雄は、我輩にとっての宿敵なのだからな」

『…………、お主の真意が測れんの。私や帝国のことを見下している発言をしているにもかかわらず、おそらくは英雄どのが交わした条件を飲んで、こうして対話に参加している。英雄どのと戦うだけなら、決着をつけるだけなら、勝手に襲撃すればよいだけではないのか?』



 それはフリートの言動と行動の齟齬だった。協力する気はないと言うくせに、対話はする。俺と再戦するという条件を約束させたから、話だけはしてやると言って。

 この短い対話のなかで、皇帝はその齟齬を見抜き、指摘していた。

 フリートは動揺の色を一切見せず、表情すらまったく変えずに切り返した。



「……我輩の誇りの為だ。不意の襲撃だから実力を発揮出来なかったなどという言い訳の隙を与えず、正面からの全力での決闘でこそ、その勝利には意味がある。その勝利にこそ、我輩は敗北の雪辱を果たすことが出来る」

『…………、本当に、それだけか?』



 間を置いて、皇帝はそう聞いた。まるで本当は、フリートの真意に感付いているかのような声音だった。



「それが真実に決まっている。不愉快な勘繰りをするなら切る」

『……その勝利の先に、魔界の復権があるということか。なるほど確かに、あの英雄どのに勝てるほどの力を持てれば、あるいは……』



 皇帝が続きを言おうとする。俺の知らないなにかしらの事情を話そうとした、そのとき。俺達とともに聞いていたアカがハッとした顔で天井を見上げた。



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