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第二部 炎魔の座
第百三話 頼みごと
しおりを挟むいったいなんだったのか? なんで彼女はいきなり駆け出していってしまったのか? 解せぬ疑問に俺は頭に疑問符を浮かべていた。
皇帝が言ってくる。
「すまんな。娘には後で私から言っておくから」
「はあ……」
俺は間の抜けたような声で応答した。いや、それはそれとして。
「皇帝……さま、さっきウィズを連れていってもいいと言った……言いましたが、本当にいい……よろしいので?」
「うむ。皇帝の言葉に二言はない。それと硬すぎる言葉を使わんでよいぞ。英雄どのは帝国と私の恩人であるし、もしかしたら未来の義理の息子になるのやもしれんのだからな。わっはっはっ」
「……はは……」
それまだ引っ張んのかよ。どう答えていいのか分からず、曖昧に応じておくことにした。
しかしまあ、敬語を使わなくていいというのはありがたい。丁寧過ぎる言葉って苦手なんだよな。
「話を戻すけどよ、ウィズを連れていったら他の奴らがうるさく言ってくるんじゃないのか? 帝国をほっぽってどこに行くんだ、的な」
「こ、こらシャイナっ! いくら陛下に言われたからといって砕け過ぎだぞっ!」
俺の口調にウィズがたしなめる声を上げるが、皇帝は鷹揚な声で応じた。見ようによっては上機嫌ともいえるような様子だ。
「良い良い。私が許可したのだ、英雄どのとの話ならこれくらい砕けていたほうが私も気が楽だ」
「そ、そうですか……? 陛下がそう仰るのなら……」
凄い。あのウィズがさっきから平身低頭を覆そうとしない。皇帝ってマジで偉いんだな。
「して、英雄どの。さっきも言ったがウィズのことなら心配はいらない。全てではないが、ドアの外からある程度は聞こえていたぞ。人命が懸かっているのだろう?」
俺は重くうなずいた。
「ああ。会ってまだ日は浅いが、仲間が死にそうになっている。そいつには俺も助けられた。そいつを助けるにはウィズの力が必要だ」
「うむ。ならば一刻を争うだろう。後のことは私に任せて、早く二人は行くのだ」
「……恩に着る……っ」
「礼ならいらん。お主には多大な恩があるのだからな」
そう答えた皇帝は一度ゴホンと咳払いをすると、改まって言ってきた。
「その代わり、お主には一つ頼みごとをしたい」
「頼み?」
交換条件ってやつか。ウィズを連れていくために、皇帝のお使いをしろってことか。
「……分かった。サラを助けるためだ。俺にできることならやってやるぜ。なにをすればいいんだ?」
このあとでウィズがサラを治している間に、そのお使いをこなせばいい。
「何、難しいことじゃない。お主には通信魔法を使って、フリートと対話出来るようにしてほしいだけじゃ」
「「……っ⁉」」
俺とウィズの間に驚きと衝撃が走る。まさか、そんなことを頼まれるとは思ってなかったからだ。てっきり魔物の討伐とかかと。
ウィズが声を上げる。
「陛下……っ⁉ それは……っ⁉」
「ウィズや、お主の言いたいことは分かっておる。帝国と私の命を狙った逆賊に、私のほうから歩み寄るのは違うと言いたいのだろう?」
「…………、……そのようなことは……」
「取り繕わんでもいい。私自身もそうすべきかどうか、いままで悩んできたのだから」
「…………」
皇帝が俺に視線を向ける。
「英雄どの。初めてお主からフリートとの会見を提案されたのは、もう大分前のことになるな。私もすぐには決められず優柔な態度を見せたりしたが、未だにフリートが姿を見せんということは、フリート自身は乗り気ではないのだろう?」
「…………、いまは、グレンとの炎魔源の争奪に集中するためだ……ということだ」
フリートが乗り気でないことは確かだが、いまそれを明言することは憚られた。しかしこの皇帝には見抜かれたかもしれない。
「……なるほどの。確かに、そちらの状況が大変なのに、わざわざ帝国まで足を運ぶ余裕はない……やはり私の見立て通りか……」
皇帝は俺を見つめてくる。やはり一国を統べるだけある。その聡明な瞳は俺の心中を見透かそうとするかのようだ。
「だからこその、この依頼じゃよ。直接会っての会見は難しい、ならば、通信魔法による対話なら可能かもしれんからのう。まあ、フリートにその気があって、対話する時間的精神的余裕があればの話じゃが」
いまこのとき俺は、皇帝がわざわざ俺に直接会いに来た理由に気が付いた。このフリートとの通信の依頼を取り付けるためだったわけだ。ウィズのことに関しては、偶然聞き及んだから快諾したに過ぎない。
俺は皇帝にうなずいた。
「その依頼は、俺にとっても願ったりだ。ぜひ引き受けたい。実際に対話できるか、できるとしてもいつになるかは、そのときにならないと分からないが。早ければこのあとすぐになるかもしれないが、遅ければいつになるか……」
「それで良い。実際に対面する以外の話し合いの方法を作るのが、この依頼の最低目的でもあるからの」
なるほどな。この皇帝、偉いだけじゃなくて、あるいは俺が思っていた以上に頭が切れる奴かもな。いや、逆か。頭が切れるからこそ、この国の皇帝になれたわけだ。
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