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第二部 炎魔の座

第九十九話 危篤

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 そのときトリンが口を開いた。辛気くさい場を考えてなのかは分からないが、いつもと変わらない声音で。



「フリート様に関してはだけど、あたしは心配なんかしてないかなー。フリート様を心配なんかしたら怒鳴られちゃうしー、『我輩を心配する余裕があるのなら、自分のやるべきことをやれ』ってねー」



 トリンのその言葉は、あるいはフリートとの信頼関係の強さを表しているのかもしれない。

 アカが俺に聞いてくる。



「サラさまはゾンビに噛まれたのでしたね?」

「ああ……それも何体、何十体ものゾンビにな……」

「だとすると、複数の強力な感染症に罹患した可能性が高いですね」



 エフィルのギャンブル魔法の影響下だったとはいえ……。



「エフィルが死んでゾンビは消えたが、なら感染症も消えるんじゃないのか?」



 ゾンビがそうであるように、感染症も屍魔法によるものじゃないのか?



「具体的にエフィルがどのような魔法を使ったのか不明なので断言出来ませんが、おそらく感染症は消えていないでしょう……いまなおサラさまの身体が変色していたのがその証明です」

「…………」

「おそらくですが、感染症はゾンビの元となった死体が保有していた病原菌やウイルスが原因だと思われますので」

「屍魔法が由来じゃない、だからエフィルが死んでも消滅しない、ってことか」

「はい。あとはエイラさまとヨナさまの治療がどこまで通用するかですが」



 こんなとき、俺も回復魔法が使えればと思う。そうすればエイラとヨナを手伝えるのに、と。

 そのとき、床にあぐらで座っていたトリンが、正座で座るアカに聞いた。エイラとヨナを完全に信じているのだろう、フリートとサラの心配は全然していないようだ。



「ねえねえアカー、それで結局なにか見つかったのー? その森でー」

「いえ、その判断をする前に襲撃されてしまいましたので」

「そっかー、じゃあまた行かなくちゃいけないかもだねー」



 俺達があの森に行ったのは、アカがどうしても行きたいと希望したから……加えて、俺自身が争奪戦をなんとかするための、グレンを倒すための手掛かりを見つけるためだ。



「しかしいまこの現状で、すぐにまた向かうのは難しいでしょう」

「んー?」



 トリンが少しだけ首を傾げた。なんでー? とでも言いたげな様子だった。



「フリート様ならこう言うと思うけどなー。『回復魔法の使えない者共が首を突き合わせていても意味がない。それはそいつらにやらせて、我輩達は我輩達がやるべきことをやるべきだ』……ってねー」



 フリートの口真似をしながらトリンが言う。無駄に似ていた。トリンは言葉を続けた。今度は本当に不思議なように。



「それより不思議なのはさー、フリート様がサラやシャイナを助けたことだよねー。だってあのフリート様がさー、本当なのー? シャイナー?」



 俺は首を縦に動かす。確かに普段のフリートらしくはなかったが……そのとき部屋のドアが開いて、不機嫌そうな声が聞こえてきた。



「ふん。ただの気紛れ、いや愚行だ」



 フリートだった。治療が終わってやってきたらしい。着替えたらしく、白いワイシャツを着ていた。



「強いて理由を挙げるならば、我輩が炎魔源を手に入れる為だ。グレンと決着をつける前に、捨て駒が二つも無駄になくなるのは不利極まりないからな」

「「…………」」「ふーん」



 俺とアカは無言でフリートを見ていたが、トリンはいまの説明で納得したらしい。フリートの後ろからはヨナとエイラも部屋に入ってきて、フリートはまたいつものように入口近くの壁に背を預けていた。

 俺は腰を浮かせて、エイラとヨナに尋ねる。



「エイラ、ヨナ、サラはどうなったんだ⁉ 助かったのか⁉」



 ヨナはまっすぐに俺を見返してきたが、しかしエイラは悲痛な顔を浮かべていた。顔をうつむけてしまうエイラに代わり、ヨナが答えてくる。



「……見て分かるように、フリート様は助けられました。ギリギリ心臓を避けていたのもありますが……」



 ……しかし……、とヨナは続ける。



「……サラさまは全身に病原菌が回っており、危篤状態です……このままでは今夜が峠でしょう……」



 今夜……⁉



「そんな、まさか……⁉」

「……サラさまはいま、複数の感染症に罹患しています……私とエイラさまで治せるものは治しましたが、それ以外には対処出来ませんでした……それらの感染症を治せる魔法を使える者でなければ……」



 俺は回復魔法には詳しくない。だが、ヨナが言っていることから察するに、複数の感染症を治すためには、それぞれ別個に対応した魔法が必要なのだろう。

 部屋に灯っている数本の蝋燭の火の揺らめきが、俺達の影を揺り動かす。まるで逃げられない絶望を焚き付けるかのように。

 俺は確かめるように聞いた。



「サラを治すためには、とにかくその感染症を治せる魔法使いが必要なんだな?」

「……あるいは、薬を入手するか、です……」

「そうか……」



 俺は続けて尋ねる。



「その薬は簡単に手に入るものなのか?」

「……私が知っている限りでは、いくつかの症状のものは市販されている薬でも対処出来るでしょう……しかしそれ以外のものは特別な薬が必要になります……今夜までの入手は難しいかと……」

「だとすると、やはり他に感染症を治せる魔法使いを呼ばなくちゃならないってわけか」

「……そうなりますね……」



 それもとびきり優秀な奴を。言っといてあれだが、薬を手に入れるのと同じくらい難しいんじゃないか。



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