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第二部 炎魔の座
第九十七話 声にならない声
しおりを挟むエフィルの賭博魔法は奴が不利になればなるほど威力を増す……すなわち、自分すらもルーレットの対象にすれば、その威力は絶大なものになるということだ。
奴は俺達の攻撃を避けようとはせずに、棒立ちのまま受けていく。両腕を矢が射抜き、頭に魔力塊が直撃する。しかし奴は倒れることなく、頭から煙を立ち上らせながらなおも不気味な笑いを上げていた。
「しっしっしっ。良いぞ良いぞ。もっとワシを追い詰めよ。この不利益は何倍にもなってお主らを襲うのじゃ……! しっしっしっ……!」
煙をまとうようにして、奴の頭上にルーレットが浮かび上がる。奴の足元に黒の円陣、俺に白、サラに青、フリートに赤がそれぞれ割り当てられた。
ルーレットが回り出す。そのスピードは以前よりもなお速く、奴へと追撃しようとしていた一瞬の間に停止しようとしていた。
「なっ⁉ 速すぎる!」
サラが叫んだとき、ルーレットが停止する。その色は青……標的はサラだ。
「逃げろサラ!」
賭博魔法は非常に強力無比だが、絶対に致死となるわけではない。俺のときのようにわずかな活路がある。なにかが起きる寸前で回避することだって……。
そのとき俺の視界の端でなにかが微動した。ハッと俺が振り返ったのと同時に、そこにあった木々がこちらへと倒れてくる。この戦いの影響で……いや、それ以上に賭博魔法による確率変動を受けて……。
「サラ! 避けろ! 木だ!」
「⁉」
彼女の視界には死角になっていたらしい、反応が一瞬遅れている。くそっ、こうなったら俺が破壊するしかない。サラは俺のそばにいる、俺がなんとかすることで危機を回避できるかもしれない。
「グロウアローズ!」
倒れてくる木々へと幾本もの光の矢を放つ。それらは木々に命中して粉々に破壊していった……が、降り注ぐ破片のなか、明らかにそれらとは異質なものの影が垣間見えた。あれは……っ。
「ゾンビです! シャイナどの!」
まさか、木々の幹の裏に潜んでいたのか⁉ ゾンビの群れは鋭い爪と牙を剥き出しにしながら、破片の隙間を縫うようにして俺達へと降下してくる。その勢いは速く、また数も多すぎる。
木々が倒れてきたことや、そこにゾンビ達が隠れていたこと、どこまでが偶然でどこからが賭博魔法の影響なのかは分からない。あるいは俺が木々を破壊したことすら……それが裏目に出ることすら賭博魔法によるものかもしれない。
確実に言えることは、木々の破片と混ざるように降り注いでくるせいで、ゾンビ共を矢で返り討ちにするのが困難になってしまっていることだ。
他の範囲魔法では、発動までに光矢よりもほんのわずかにタイムラグが生じてしまう。ゾンビ共の襲撃には間に合わない。
「逃げるぞ! サラ!」
しかし、すぐさまその場を離れようとした俺とサラの足元の地面から多数の手が飛び出して、俺達の足首を掴んでくる。ゾンビの手。先ほどまでなら脅威には感じなかったその邪魔が、いまこの瞬間では恐ろしい悪意に満ちている。
これらの手を弾くのは簡単だ。一瞬だけ足首の魔力を増強すれば、それだけで粉々に吹き飛ばせるだろう。
だがその一瞬の隙が、いまこのときは命取りになってしまう。その一瞬で上空から降り立つゾンビ共に囲まれて一斉攻撃を受ければ、いかに魔力で身体を強化していたとしても……。
「さっさと逃げろ馬鹿共が!」
「「っ⁉」」
怒鳴り声が響き、フリートがこちらへと飛び出してくる。俺達の近くへと来たその身体に衝撃が走り、心臓の辺りから一本の鋭い魔力の塊が突き出していた。
「……グフッ……」
「「フリート⁉」」
フリートの身体が地面へと崩れ落ちていく。その先には傷付いた腕をこちらに伸ばすエフィルの姿が。
「しっしっしっ。そこの女に当てるつもりだったのじゃがのう」
賭博魔法で選ばれたのはサラだ。いまはどんな攻撃でも、それこそ低威力の魔力の一撃ですら致命的になりかねない。
だがしかし、なぜフリートが……サラをかばった……?
頭上のゾンビ共はもう間近に迫っている、足首は掴まれたまま、虫の息をしているフリートも放っては……もうここを離れる時間が……。
「……シャイナどの……私の未熟と無礼を許してください」
サラがつぶやいた。その手のひらが俺の腹の辺りへと向けられる。その手のひらには魔力が込められていた。彼女がやろうとしていることに、俺は気付いた。
「待てサラ……っ」
「シャイナどのだけでも……」
……私のそばにいては危険ですから……。言葉にしていないサラの思いが聞こえた気がした。
次の瞬間、彼女の手のひらから一筋の魔力が放出されて、足首を掴む手を弾くように引き剥がしながら、俺は離れた場所へと吹き飛ばされる。
……っ! 地面を転がった俺がすぐさま起き上がろうとしたとき、目の前の視界のなかに、大量のゾンビ共に爪牙を突き立てられるサラの姿が映った。
【早く逃げてください……】
ゾンビの群れに埋もれていくサラの口元が動き、俺にはそれが声にならない声を発している気がした。
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