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第二部 炎魔の座
第九十六話 代替
しおりを挟むフリートがエフィルを睨む。八つ当たりではないだろうが、自分に迫ってきていたゾンビの群れを魔力の塊で吹き飛ばした。
俺もまたゾンビを光の矢で討ち倒しながら、エフィルへと言う。
「条件があるんだろ? あの魔法を使うための、『四つの対象を取る』以外のもう一つの条件が」
「……ほう」
エフィルが不気味な笑いをやめて俺を見た。
「おそらくは、『魔法行使には自分の姿を現す必要がある』といったところだろうな。強い魔法を使うための制約みたいなもんだ」
俺のミストルテインが膨大な魔力を必要とするように。サムソンのマクスウェルフォースが四元素の力を必要とするように。
「……なるほどのう。流石は神格を使えるだけはある、ということかの。グレンが仕留め損ねるわけじゃ」
「俺が生き残ったのは奇跡みたいなもんだ」
「しっしっしっ。言いよるわい」
エフィルが再び不気味な笑みを浮かべる。警戒は怠らないながらも、またいくらかの余裕を取り戻したということだ。
「その分じゃと、ワシの魔法にも勘付いておるようじゃな」
「…………」
答えない俺に、背中合わせになっていたサラがゾンビを矢で撃ちながら聞いてくる。
「どういうことですか? 奴の即死魔法にはまだ何か秘密があるのですか?」
「確証があるわけじゃないが…………あれは『即死』魔法じゃない」
「え……っ⁉」
サラが声を出した。フリートも俺に訝しんだ顔を向けて、エフィルはしっしっしっと不気味に笑っている。
「あれは、『賭博』魔法、『ギャンブル』魔法だ」
「ギャンブル……っ⁉」
最初に違和感を覚えたのは、師匠が『死』魔法について説明する夢を見たあとだ。師匠の口振りはまさに絶対に戦ったり関わったりするなと、絶対的で圧倒的な禁術を相手にするときの話し方だった。いつもふざけているあの師匠が、真面目な顔で逃げろと忠告してきたんだから。
「もしもあれが本当に即死魔法……『死』魔法なら、なんの猶予もなく俺はあのときに死んでいたはずだ。不意の攻撃を、たとえわずかに避けることもできずにな」
だが、できた。あの場にいなかった第三者である大男の、テキトーに投げ放った大斧の一撃を避けることができた。そして戦場から逃げることや治療を受けることもできた。
真の『死』魔法であれば、そんな猶予など絶対になかっただろう。だからこそ禁術に指定されたはずなのだから。
「おまえの魔法のカラクリは分かった。他の手口も見えている」
監視と結界のシキガミ、ゾンビ……死体操作の『屍』魔法。手口が分かっている以上、あとは対策を立てるだけだ。
「シャイナどの、しかしこのゾンビを操っている魔法は死魔法なのでは?」
サラが聞いてくる。勘違いしても仕方ない。確かにこれも一見すると『死』を操っているように見えるからだ。
「これは『屍』魔法だ。異字同音でややこしいが、いわば『死』魔法の下位互換的な魔法だろうな」
魔法使いに位階があるように、魔法にもまた格というものが存在する。炎魔と熱魔、闇魔と影魔といった具合に。つまりエフィルの屍魔とは、禁術になった死魔の代替として使われている魔法に過ぎない。
「エフィルの言った屍魔導士は、別の言い方をすれば『しかばね』魔導士とも言えるだろう。まさに死体を操るための魔法ってところだ」
「しかばね……」
そこまで俺が言ったとき、しっしっしっとエフィルが笑い声を漏らした。カラクリがバレたから焦っているような笑みではなく、むしろようやく気付いたかという余裕の表情。
「そこまで分かっているのなら、もう隠す必要もあるまいて。お主の言う通り、ワシは死魔の下位に属する屍魔を導く者じゃ。屍魔は強すぎた死魔を大幅に弱体化させたものでな、これだけでは戦うに不向きだからシキガミや賭博魔法も併用しているのじゃ」
隠す必要がなくなったからといって自分からしゃべる道理はない。敢えて敵に情報を明け渡す場合、ろくなことにならないだろうことは予想できる。
「なにを企んでやがる」
「しっしっしっ。お主も言ったじゃろう。賭博魔法の制約じゃよ。お主の指摘したことに間違いがあるとすれば、姿を現すだけが制約ではないということじゃ」
「なんだと?」
「賭博魔法の制約とは、『自身の情報を晒すほどに威力を上げる』じゃ。互いを公平にするだけでなく、お主らを有利にすればするほど、ワシを不利にすればするほど一撃の威力は致死量に至っていくのじゃよ」
「「なに……⁉」」
俺とサラが声を出す。さすがギャンブルの魔法、言い換えれば一発逆転の魔法だといえるだろう。奴がベラベラとしゃべったり不意討ちをしてこなかったのは、すべてそれを狙ってのことだった。
「そしてこれこそが、ワシの賭博魔法の真髄じゃ。『ワシを巻き込み奴らの息の根を止めよ。『デスフォーギャンブル:ルーレット』』」
エフィルを含めて俺達の足元にそれぞれ異なる色の円陣が出現していく。まずい!
「奴を止めろ!」
「はい!」
俺とサラが奴に手を向けて、それぞれ光の矢と魔力を込めた矢を放つ。フリートもまた、我輩に指図するなと言いたげな険しい顔をしながらも、奴へと魔力の塊を飛ばした。
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