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第二部 炎魔の座

第九十話 可能性

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 食器の触れ合う小さな音がしばし続いたあと、ヨナが言ってくる。



「……炎魔源についてですが……」



 俺とエイラは一時的に手を止めて彼女を見た。



「……その起源については魔界の研究者の間でも議論されているようです……しかし、なにぶんあまりにも年月が経っている為に不明だと聞いています……」

「いま思ったんだが、魔存在やアカみたいな奴に聞いたらどうだ? というか、あとでアカに聞いて……」

「……無理でしょうね……」



 ヨナの口調は断定的だった。



「……研究者達も、友好的な魔存在や魔源から生まれた存在に尋ねたことがあるそうです……しかし魔存在はそんな昔のことまでは知らず、魔源存在もそれに関しては口を閉ざしてしまったとか……」



 だから、魔源の起源や推移について知ることはできない、と。魔存在は代替わりがあるから仕方ないとしても、アカみたいにかつての記憶がある、魔源から生まれた奴まで教えてくれないというのはなぜなんだ?



「……あるいは……それには大いなる秘密が隠されているのかもしれませんね……」



 そう言うヨナの口元が、かすかに笑んだように見えた気がした……が、おそらく燭台の揺らめきでそう見えただけだろう。普段から無表情を貫いている彼女が、こんなことで笑うとも思えないしな。



「……それよりも、いまはこれからのことを考えたほうが良いかと……彼女の言う森へは向かうのですか……?」



 彼女とはアカのことだ。未だにアカが言う森に向かうかどうかは保留にしていた。向かっている最中に彼女が逃げるとも思えないが、一早く人間界にやってきたグレンに察知されないとも限らなかったから。

 だが……。



「……俺は、向かったほうがいい気がする。このままここにいても、いずれはグレンに突き止められるだけだろうからな」



 皇帝とフリートの会見についても、フリートに文句を言われてしまった以上、いまは他に考えられる手がなかった。なんとかして、アカに認めてもらわないといけねえのに。



「……だから、彼女の望みを聞いて、機嫌を取ろうということですか……?」



 炎魔源の力を得る為に? そう尋ねてくるヨナに、俺は、



「違う」



 と否定する。



「そんな浅はかな考えはアカに見破られるだろうな。俺は、この現状を打破できるなにかを見つけたいんだ」



 いまの状況は限りなく絶望的だった。グレンは炎魔源の半分の力を得て、もはや手のつけられない強さになりつつある。俺達全員が束になっても、勝てるかどうか……。



「……炎魔源の生まれた森に行けば、それがあると……」

「…………分からない」



 ヨナの言葉に、俺は正直に答える。見栄を張っても仕方がない。ヨナもまた見え透いたウソが分からない奴じゃない。



「だが、可能性はあると思う。いや、思いたいといったほうが正しいな。ここでなにもしないよりは、マシだって……」



 言い換えるなら、ただの願望に過ぎないだろう。逆転の一手なんか存在しない確率のほうが高い。それでも、ここで敗北を待つだけよりはずっとマシだと思ったんだ。



「…………、分かりました……そう致しましょう……」



 俺の思いを感じ取ったヨナが了承する。しかしまだ確定したわけではない。



「問題は、フリートがうなずくか、だな」



 この行動指針は本筋から外れた横道になる可能性が高い。まったくの無駄、徒労に終わるかもしれないんだ。それを、あのフリートが受け入れるかどうか……。

 しかし、ヨナは落ち着いた口調で言った。



「……フリート様への説得に関しては、私にお任せください……」

「大丈夫なのか?」

「……ご安心を……きちんと説明すれば、フリート様は理解します……あの方は愚かではありませんから……」



 俺には説得できそうにない、が、ヨナにはそれができるらしい。以前にも同じようなことがあった気がする……俺がエフィルのじいさんから重傷を受けたときに、まだ戦おうとしたフリートをヨナが説得していたような……。よく覚えてないが。

 ある種の予感が働いて、俺はヨナに尋ねてみる。静かに料理を口に運ぶ彼女に。



「もしかしてなんだが……ヨナとフリートは……付き合ってるのか?」



 瞬間的に反応したのは彼女ではなく、隣にいたエイラだった。



「ぶふーっ⁉」

「うわっ、きたねえっ!」



 エイラは飲んでいた水を盛大に吹き出していた。飛沫があちこちに飛び散り、気のせいか小さな虹が見えたような錯覚すらある。ゴホゴホと咳き込む彼女にヨナが。



「……いま布巾を持って参ります……少々お待ちください……」



 怒った様子もなく、相変わらずの調子で言ってキッチンへと向かっていく。代わりに文句を言ってきたのはエイラだった。



「げほごほっ、シャイナっ、いきなりなに言ってんのっ⁉」

「いや悪い、まさかそこまで驚くとは、っていうかなんでエイラのほうがびっくりしてんだよ?」

「そりゃびっくりもするよっ、ヨナさんとフリートが、その、付き合ってるのかなんて聞いたらっ!」



 だとしても驚きすぎでは?



「だってあのヨナさんとあのフリートだよっ、全然想像すらできないって!」



 それは分かる。



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