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第二部 炎魔の座

第七十二話 ギザギザ

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「なんだ、いまの音は⁉」


 敵。魔物か人かは分からないが、直感的になにかが襲ってきたのだろうことは分かった。
 急いでいまいる棺のなかから出ようとしたが、立ち上がろうとした瞬間にフラリと身体が崩れて、けたたましい音とともに床に身体をぶつけてしまう。


「シャ、シャイナさん⁉ 大丈夫ですか⁉」


 ジーナが慌てて声をかけてくる。


「ぐ……」


 身体に、腕や足に思ったように力が入らない。腹に痛み。殴られた痛みとかそんなのではなく、胃酸が胃壁に当たっているときのような、そんな痛みだ。
 空腹ってことだった。仮死状態になってからなにも食っていないのだから仕方ないが、恥ずかしいことに腹が減りすぎて動けないってことだった。


「ジーナ、なにか、食いもん持ってないか……食えるもんならなんでもいい……」
「た、食べ物ですか……っ⁉」


 人だけではなくすべての生き物は生きるためのエネルギー、動くための栄養補給が必要だ。魔法に魔力が、銃弾に火薬が、機械に燃料が、それぞれ必要なように。
 ジーナは自分の黒い服をパッパッとあちこち探っているが、一向に見つからないようだった。


「さ、さっきまでシャイナさんの葬式のつもりでしたからっ。さすがにいまは張り込み用のあんパンもありませんしっ」


 こいつ、いつもならあんパン持ってんのか?。


「ちょ、ちょっと奥のほう見てきますっ。もしかしたらなにかあるかもっ」


 そう言い残すと、慌ててジーナは教会の奥へと駆けていった。もしかしたら保存食を備蓄しているかもしれないと思ったのだろう。
 彼女が奥に消えてから、再び外で轟音が響く。音の大きさなどから、直感的にその発生源はこの教会の近くだろうと思われた。
 なにかが……誰かが戦っている。ジーナに聞きそびれたが、彼女が逃げたり隠れたり、その音に対して敏感に反応していないということは、もしかしたら彼女の知り合いが……つまりはみんなが戦っているのかもしれない。
 一般人であるジーナは戦いに巻き込まれないようにここに残って、瀕死の怪我が治療された俺の様子を見ていたのだろう。
 うつぶせだった身体を、ゴロンと仰向けにする。足元には横倒しになった棺。床にはその棺に入っていた色取り取りの花々。天井には明かり取りのためだろう、ガラスがはめ込まれていた。
 両手足を広げ、大の字になった俺を、そのガラスがぼんやりと反射している。そこには床に散らばる花々と、その間に横たわる俺の姿が映し出されていた。
 その首には、痛々しい切断の痕がギザギザと残っていた。


「……まるで死体をツギハギした怪物、だな……」


 あるいはゾンビか。
 死に損ないの、死にきれなかった、生きたいと願った、一人の人間の姿。
 小さくつぶやき、なんともいえない感傷を抱いていると、教会の奥へと行っていたジーナが戻ってきた。


「ありましたっ、ありましたよっ、シャイナさんっ」


 その手に持っていたのは小さな麻の袋だった。だいぶ使い込まれている袋のようで、ちゃんと洗っているのか怪しい。


「大丈夫か、それ。いつのだよ」
「大丈夫ですって、なかに入ってるのは乾パンや干し肉ですから。食べられるものですよ……たぶん」


 最後のほうは小さな声で言っている。


「おい、たぶんってなんだよっ」
「いいから、ほら、食べ物ですよっ」


 ジーナが袋から一掴みの乾パンを差し出してくる。その一つを受けとるが……よく見ると、なんか端のほうに小さな黒ずみが……。


「おいっ、これカビじゃねえのかっ⁉ ほんとに食えるのかこれっ⁉」


 腹壊すんじゃねーか⁉ せっかく生き長らえたのにこんなことでまた死にかけるとかイヤなんだが⁉


「ゴチャゴチャ言ってないで、これくらいしかなかったんですからさっさと食べてくださいっ」


 業を煮やした様子のジーナが乾パンを持つ手を俺の口に押し付けてくる。乾パンの独特の匂いに混ざって、どことなくカビのような匂いもするようなしないような……。
 おいっ、やっぱりカビがっ!


「もうっ、もっとよく噛んでくださいっ、せっかく私が食べさせてあげてるんですからっ」
「むがーむがーっ!」


 おめーが無理矢理食わせてんじゃねーかっ!
 ごくり……。


「…………食っちまった…………」


 エネルギーを補給したはずなのに、気分は最悪だった。なんか胃がもたれているような気もするし。
 ジーナが今度は袋から干し肉を取り出してくる。


「さあ、今度はこのお肉を。お肉にはタンパク質や栄養が豊富なんですからっ」


 その干し肉もところどころ黒ずんでいた。やばい。肉のそれはマジでシャレにならん。
 必死で首を横に振る。


「いやもういい! 乾パンだけで充分だから!」
「なに言ってるんですか! あんな少しの乾パンだけじゃ戦えませんよ! さあ食べてください!」


 ガッデム! 一目散に逃げてえのに、身体がまだ動かねえ! こうしてる間も干し肉を持ったジーナの手が近付いてきて……。


「むがーっ!」


 うぎゃーっ!
 ……………………。


「ガッハッハッ! 弱えっ! 弱えぞっ、おまえらっ! こりゃ俺様が片付けるまでもなかったな!」


 教会の外にいる大男が豪快な大声を上げる。そいつの前のほう、教会を守るような配置でウィズやリダエル、サムソンやエイラ、ディアやティム達騎士団のみんながいた。


「フリート達と帝国の連中が手を組む可能性があるってことで、爺さんに言われてやってきたが、こりゃ杞憂だったな! こんなに弱けりゃ問題にはならねえ!」
「く……」


 大男の言葉にウィズが声を漏らす。そのウィズは地面に片膝をついていて、彼女だけじゃなくみんなが疲労困憊の様相を呈していた。


「『グロウアロー』!」


 そんな余裕をぶちかましている大男へと、天上から巨大な光の矢を落とす。不意討ちはあまり好きじゃねえんだが、そうも言ってられる相手でもなさそうだしな。



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