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第二部 炎魔の座
第七十一話 『おわかれ』
しおりを挟むここは……どこだ?
あの世……なのか?
にしては、やけにはっきりと俺自身の意識がはっきりしているような……?
匂いもある……ほこりやカビのような、そんな匂い。ずっと倉庫にしまっていた家具や書棚のような、匂い。
試しに手の指の先を動かそうとしてみる。あの世でも身体があって、動くのかは分からないが。
…………、動いた。なんなら指の先だけじゃなく、手のひらや、腕も動かせそうだ。
ガタン。肘の先がなにかにぶつかる。ちょっとした痛みを感じる。
……どうやらかなり狭い場所にいるようだが……死んでても痛みを感じるんだな。
「わわっ⁉」
声が聞こえた。びっくりしているような声。
「マジですかっ⁉ 起きたんですかっ⁉」
聞いたことのある声だ。
ガタンと音がして、視界のなかにかすかな光の筋が現れる。光の筋は大きくなり、その先に誰かの顔が見えてくる。
ロウソクで照らしているような輝度の低い光だったが、ずっと暗闇にいた目にはそれでもまぶしく感じて、つい目を細めてしまう。
視界に現れた女の顔はびっくり半分、怖々半分といったところで、ソロソロと覗き込んでくる。
そいつは、ジーナだった。フリーのジャーナリストの。
「……ジーナ……?」
自分でも意外なほどかすれた声が出る。だがびっくりしたのはジーナもらしく。
「わわわっ⁉ しゃべった⁉」
目を大きく見開いて声を上げた。
……これは……どういうことだ……? 俺は死んだんじゃないのか……? それともジーナもどこかで死んだのか……?
「お、起きれますか……?」
ゾンビに話しかけるみたいに、ジーナが恐る恐る聞いてくる。
手を動かしたときのように身体に力を込めると……いつもよりは力は入らないが、なんとか起き上がれそうだった。手や肘を地面につけながらなんとか上体を起こしていく。
「わわわわっ⁉」
自分で聞いてきたくせに、ジーナはなおもびっくりしていた。本当に起きれるとは思っていなかったのかもしれない。
上体を起こしたことで視界が開け、ここがどこなのかが分かってくる。
「ここは……教会、か……?」
ジーナがいる先に並ぶ長椅子の列。頭上に掲げられている十字架。ステンドグラスから降り注ぐ、淡い光。
ジーナは全身黒い服を着ていて、教会内には彼女以外に誰もいなかった。
そして俺が横たわっていたのは……黒い棺のなかだった。
「……これは……いったい……?」
どういうことだ……?
俺は死んだんじゃなかったのか……?
グレンに首を切断されて……。
「わ、私も詳しいことは分からないんですが、棺に入れたシャイナさんをこの教会に運んだあとで、実はまだ心臓がかすかに動いていたことが分かったみたいで……」
ジーナが言ってきて、思わず疑問の声を返してしまう。
「心臓が……? いやでも、俺は確かに首を斬られて……」
「な、なんか、見えるかどうか分からないくらい薄くて細い光の筋が首からつながってて、それが血や空気を頭に送ってたとか、なんとかって……」
「……光の筋……?」
「は、はい」
瞬間的に思い至る。
「…………ライトカーブレール……」
「え……?」
炎魔の召し使いと戦ったときに使った、光の道の魔法。相手の攻撃をレール上に乗せて、そらした魔法だ。
おそらくだが、そのライトカーブレールがトンネルのように丸まった道となり、血管や気道の代わりとなって、生命維持に必要な血液や酸素を供給していた……ということだろう。
夢なのか現実なのか、幻覚なのか走馬灯なのか分からないが、光魔が言っていた。私は助けない、これは俺が起こした……、
「奇跡、だって魔導士団の女の人が言ってました。ウィズさんっていう……」
「…………」
『奇跡は起きるものじゃない。起こすものだ』。師匠は昔そう言っていた。
だが、俺にこれを起こした自覚はない。これは俺の無自覚、無意識が起こした事象。生きたいと願った俺の思いが引き起こした、『奇跡』。
「……『おわかれ』か……なるほどな……」
「シャイナさん……?」
いま思い至る。光魔が言った、『おわかれ』の意味。
別れと分かれ。別れとは文字通り、さよならのことを意味し、そして分かれとは分岐のことを意味している。光魔が聞いてきた、生きたいか死にたいか、あの質問の返答によって、未来が分岐したんだ。
本当なら死んでいた俺の命は、いま再び、辛うじて未来へとつながった。首の皮一枚、いや薄く細い光の道によって。
うつむいていた顔を再びジーナに向けて、聞く。
「みんなはどこにいるんだ?」
聞きたいことは、知りたいことは他にもたくさんあった。ここはどこの教会なのか、仮死状態になってから何日経っているのか、他にもいろいろと……。
だが、いま一番知りたいことは、みんながどこにいるのか、だ。早くみんなと合流して、俺が見聞きしたことを、グレンが手に入れた力のことを話さなければ。
「み、みなさんなら、いまは……」
少しばかり戸惑ったようにジーナが答えようとしたとき、教会の外から轟音が聞こえてきた。大地が揺れるほどの衝撃が走り、教会全体が震える。幸いなことにステンドグラスなどが壊れることはなかったが、天井から細かなほこりが舞い落ちてくる。
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