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第二部 炎魔の座
第六十九話 ……光が途切れた……
しおりを挟む「……まだ死ぬわけにも殺されるわけにもいかないんでね……」
地面に拳をつけるようにして、傷付いた身体を起き上がらせていく。俺に傷を癒すための回復魔法は使えないし、開いている怪我を塞ぐこともできない。
身体についている傷からはいまも血が流れていて、無理に動こうとすれば一層多くの血を失っていく。しかしそれでも、いま動かねえと待っているのは殺されるという未来だけだ。
「……おまえを倒して、あのバカデケエ火の玉も避けて、ついでに炎魔の召し使いもなんとかする……俺が生き残るために……!」
だから、そのために目の前に突き刺さっている神殺しの剣を手に取る。フリートとの死闘をくぐり抜けたこの剣で、グレンの黒剣をへし折ってやる。
ミストルテインを構え、血を流しながらも見据える俺に、しかしグレンは慌てた様子も焦った様子も見せない。ただ悠然と、絶対的強者のように立っている。
「…………、さすが神格級の魔法を授けられただけはある、か……不完全とはいえ、な……」
己の力の一端を見せるべき相手だと判断したのだろう、グレンもまた剣を構え直し、その剣身と身体にまとう魔力を増大させていく。全身から溢れ出した魔力が波動となって地面を伝い、また肩先からも上空へと立ち上っていく。
その姿が一瞬にして消失する。
……瞬身斬……!
コンマ一秒遅れて、俺もまた瞬身斬を使い、グレンの剣を避けるとともに斬りつける……が、奴は難なく対応し、二つの剣がぶつかりあった。
そして、瞬身斬同士の瞬速の無数とも思える剣戟を繰り広げていく。漆黒の太陽が落ちてくるまでのわずかな時間、そこには目にも止まらないような剣と剣の応酬が交わされていく。
もはや音を置き去りにするような、いや事実、剣戟の速度があまりにも速すぎて、剣がぶつかりあう衝撃とそこから発生する音にはズレが生じていた。
「見ただけで瞬身斬を真似るとはな。武術の才能はライースより上らしい」
音速に近い剣戟のさなか、音さえ置き去りにするような斬り合いにおいて、しかし確かにグレンはそう言った。
「あるいは才能だけなら、オレが知っている中では五本の指に入るかもしれんな」
それこそ一瞬の油断も気を抜くことも許されないはずのこの攻防において、それでも奴は余裕のある不敵な笑みの雰囲気を放っていた。
「特別に教えてやろう。瞬身斬とは初見殺しの技でも雑魚狩りの技でもない。貴様が知る由もないはるか昔、『初代』はこの技を、我が剣技において全ての始まりにして到達点だと位置付けていた」
はるか昔?
初代?
いったいなにを言って……。
「フッ。だが後代においては、ただの初見殺しや雑魚狩りに使われているだけのようだがな」
後代……?
……いや、まさか……しかし、こいつのこの口振りは……どこか師匠に似たところがある……はるか悠久の時を生きてきた師匠に……。
ガキイン……ッ! 神殺しの剣と黒剣がいま一度ぶつかり合い、つばぜり合いになったとき、視界の上端が漆黒に染まり、頭上から地獄のような熱量が降り注いでくる。
見上げなくても分かる、また見上げる余裕もない。わずかな時間が押し迫り、漆黒の太陽が地表に達しようとしているんだ。
こんなにも周囲が熱く、こんなにも凄絶な斬り合いを繰り広げたというのにもかかわらず、グレンは汗一つかいていないような涼しい様子で言う。
「どうやら貴様と戯れている時間はなくなったようだな。なかなかに楽しめたぞ、光の神格級魔法を授けられし者よ」
楽しめた、だと……生きるか死ぬかのこの戦いを、こいつは楽しんでいたっていうのか……っ。
つばぜり合いになっていた剣を押すようにしながら、奴が地面を蹴って後方へと距離を取る。そして手にしていた剣を頭上へと掲げると。
「神格級魔法を見せてもらった代わりに、オレも見せてやろう。全てを捩じ伏せる圧倒的な『力』というものを」
黒い剣身に魔力がまとわれて、集約されていく。奴がやっていることはいままでと完全に同じことだが……いままでと違うのは、その量が、はるかに大量で、巨大なことだった。
これは……この魔力の量は……まさか人間や魔族のなかにこれほどの魔力量を持っているやつがいるなんて……っ。
「避けることも防ぐことも不可能。貴様はただ受け入れればいい。自らの 死 を」
剣身から暴風のような魔力の波動をほとばしらせながら、グレンが頭上に掲げていた黒剣を振り下ろした。
刹那、黒剣から凄まじい魔力の塊が放たれ、地表に達しようとしていた漆黒の太陽の真ん中に裂け目が生じ、地面の上を魔力塊が突き進んでくる。
避ける隙間なんかない。防げるような威力をはるかに超えている。奴の言う通り、これは……っ。
死
…………………………………………。
……視界が暗い……身体が冷たい……寒い……動かない……頬に当たっているのは、地面か……。
「ほお。身体が残っているのか。神格級魔法のおかげ、というところか」
……声が聞こえる……遠くから……ノイズがひどい……。
『…………見事……それこそが、私の求めていた次代の炎魔様に相応しい圧倒的な『力』……私は滅ぶが、その残滓はあなたに従うだろう……』
……あいつも奴の魔力に殺られたらしい……。
……奴の周りになにかがまとわっていく気配……。
「ふむ。これは炎魔源の魔力か。これならば、ヨナの力がなくても本体の探知が出来るかもしれんな」
……あいつの気配が消える……奴の足音が近付いてくる……。
「放っておいてもいずれ死ぬだろうが、トドメは刺しておく。神格継承者の芽は摘んでおこう」
……奴が剣を振り上げ……首に衝撃……かすかに残っていた身体や手足の感覚が消え失せる……。
……首からなにかが流れていく……頭にもやがかかっていく……息が……苦しい……。
……一陣の風が吹く……奴のフードが外れる……最期に視界に映ったのは……。
……黒髪と黒目の……サムソンと同じ顔だった……。
「さらばだ。光の魔法使い」
……光が途切れた……。
…………………………………………。
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