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第二部 炎魔の座

第六十四話 炎魔の召し使い

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 背後に振り返り、迫る壁の一側面に両手をかざしたとき、後ろからヨナが虫の息のような声で言ってくる。


「……お待ちください……転移の指輪なら……お二人の……」
「……!」


 そうだ。ずっとヨナの転移魔法に頼っていたから忘れていたが、転移の指輪を使えば……っ。


「間に合え……っ!」


 エイラはヨナを治している。俺が使ったほうが早い。握った手を身体の前に上げて指輪に魔力を込めようとするが、今度は俺の足元に黒い揺らめきがほのかに漂った。


「……っ、くそっ!」


 ヨナを襲ったのと同じ、漆黒の魔界の炎、それが燃え上がる予兆。全身が炎に飲み込まれる前に、瞬間的に地面を蹴って、その場を離れる。直後、いまいた場所から漆黒の炎が噴き上がる。


「シャイナ⁉」
「俺なら大丈夫だ! ギリギリ避けた!」


 しかし展開しようとしていた転移の魔法陣は解除されてしまった。どうやらこの炎魔源の魔力は、俺達を逃がすつもりはないらしい。
 そうして周囲から迫ってきた漆黒の壁は、その先端を天上で一つに合わせると、半球形のドームのように周りを完全に包囲してしまう。漆黒の大地に漆黒の壁、視界は完全な闇に閉ざされてしまった。


「エイラ! ヨナ! 無事か⁉」
「わたしなら大丈夫!」
「……私も……エイラさまの回復魔法のおかげでなんとか……」
「待ってろ! いま光を出すから!」


 いつまたあの黒い炎が襲ってくるか分からない。すぐさまライトボールを出そうとしたとき、闇に染まっていた視界の先に紅い揺らめきが出現した。


「あれ……? シャイナ……?」


 俺が使う光とは違う明かりに、疑問を感じたのだろうエイラが声を漏らす。


「気を付けろ、あれは俺のじゃない」
「え……?」


 声のする方向から判断したエイラが俺のほうを見る。そして紅い揺らめきを警戒の眼差しで見る俺を発見して、同じように紅い揺らめきのほうへと困惑した顔で視線を移動させる。


「シャイナのじゃないなら、あれって……」
「……紅い炎、だ……」


 漆黒の炎ではなく、真紅の炎。それが炎である以上、炎魔源の魔力の産物であることに違いはない。
 疑問は、なぜ漆黒ではなく真紅なのか? ということだが……。


『私は炎魔様の召し使い。そなた達は何者ぞ』


 そのとき、紅い炎のほうから声が聞こえてきた。ノイズが混じったような、異質な声。
 同時に、紅い炎のそばの地面から黒い塊がせり上がってくる。地面に横たわるようだったそれは次第に人のような形を取り、ユラリと立ち上がる。


『私は炎魔様の被造物。炎魔源を守り、次代の選定の一部を担う者なり』


 目も鼻も口も耳もない、のっぺらとした黒一色の顔がこちらを向く。ユラユラと、炎が揺らめくように、そいつの輪郭はかすかに揺れている。


『再度問う。そなた達は何者ぞ。炎魔源を手に入れんとする者達か』
「「「…………」」」


 俺達は一瞬視線を交差させる。三人を代表して、俺は目の前にいる炎魔の召し使いとやらに言った。


「そうだ。俺達は炎魔から離れた炎魔源を追っている。ただし、次代の炎魔になろうとする奴は他のところにいるがな」


 まさか、炎魔の召し使いとやらがこういう奴で、こんなところで出会うとは思ってなかった。次代の炎魔の選定を担うとか言っているが……さっき襲ってきたことを考えると、友好的でもなく素直に炎魔源まで案内してくれるとも思えないが。
 ユラユラとしていた奴は俺の言葉を聞くと、ピタリと、中途半端に斜めの姿勢で動きを止める。


『次代の炎魔様の座を狙うのであれば、私に勝利し、滅ぼすのだ。それが私が課す試練である』
「ちょっと待て、俺達はあくまで炎魔源を追っているだけで、炎魔になるつもりはない。さっきも言ったが、それは別の奴で……」


 しかし炎魔の召し使いはギギギと軋むような音を出しながら、斜めだった姿勢をまっすぐにしていく。


『逃走は許されない。敗北は死と等価。最強の火力を誇る炎魔源を手にする者に求められるのは、ただ『強さ』である』


 奴が漆黒の手をかざしてくる。


『まずは貴様からだ。栄光か死か、どちらかを選べ』


 その手の先に黒い火球が出現する。最初は直径数センチくらいだったのが、数十センチ、数メートルほどの火球へと肥大していく。


「くそっ! 話を聞けよ!」


 俺も即座に両手をかざす。漆黒の火球が撃ち出されるのと同時に、俺も光の魔法陣を展開すると。


「ミストルテイン!」


 呪文を詠唱している余裕はさすがになかった。また魔界の漆黒の炎に対して、中途半端な魔法では対抗できないだろう。
 いまの俺が使える最強クラスの光魔法……神殺しの光は漆黒の炎とぶつかると、数瞬だけ拮抗した様子を見せたあと、炎を飲み込んで奴がいる場所へと迫っていった。
 神殺しの光が通り過ぎ、はるか向こう側の壁にぶつかる衝撃音。外の光らしきものが向こう側に一瞬垣間見えたが、すぐさま壁が再生してそれを塞いでいく。
 ミストルテインが通り過ぎた場所に、さっきまでいた炎魔の召し使いも紅い炎もなくなっていた。再びの真の闇。



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