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第二部 炎魔の座

第六十二話 漆黒の大地

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「……シャイナ……」


 エイラが心配そうな声でつぶやく。


「やっぱりさっきの拠点でもう少し休んでいたほうがいいんじゃ……大怪我が治ったばかりなんだから……」
「いや、俺なら大丈夫だ。心配してくれてありがとな」
「…………」
「そういや怪我を治してもらった礼もまだだったな。ありがとな、エイラのおかげで死なずに済んだ」
「…………」


 エイラはなにか言いたそうな顔をするが、結局なにも言わずに見つめてくるだけだった。いまこの状況で言う言葉? とかなんとか思っているのかもしれない。
 岩陰から城やその周囲を見ていたヨナが言ってくる。


「……どうやらこの近くにグレン達はいないようです……いまのうちに炎魔源の痕跡をたどりましょう……」
「どっちに移動しているみたいなんだ?」
「……わずかに残っている痕跡では、どうやら東、こちら側に向かったようです……」


 ヨナが視線でそちらのほうを示す。その方角はここよりもさらに暗い空が垂れ込めていて、ときおり稲妻のような光が走り、かすかな雷鳴も聞こえていた。
 付近にグレン達はいないとのことだったが、一応念のために物陰から物陰へと、身を潜ませながら移動していく。慎重に、しかしできるだけ速く、確実に炎魔源を追跡していく。


「ごめんね、シャイナ、ヨナさん。わたしも二人みたいに魔力で身体を強化できたら良かったんだけど……」


 俺とヨナは魔力をまとってスピードを強化しているが、エイラはそれができないため、以前人間界の森でそうしたように俺がエイラを抱えている。


「気にすんな。エイラがスピードアップの魔法を使ってくれてるから、魔力だけのときより速くなってるわけだし」
「…………」


 エイラは気が引けているように口を閉ざす。なんとなくだが、どうも自分が足手まといなんじゃないかと思ってるんじゃないだろうか?


「エイ……」


 おまえは足手まといじゃない。戦闘不能になるような重傷もたちどころに治してくれる、めちゃくちゃ優秀なヒーラーだ。
 ……と、そう言おうとしたとき、エイラがヨナに尋ねた。


「ヨナさん、わたし気になったんですけど、もしかして炎魔の召し使いにされていた人達が炎魔源を持ち去った可能性もありませんか?」
「……否定はできませんね……ただし、彼らが新たな炎魔になっているわけではないみたいですが……」


 もしすでに誰かが新たな炎魔になっているのだとしたら、炎魔法が使えるわけだからな。


「……しかしそうだとすれば、別の疑問も生まれますが……なぜ炎魔の召し使いは炎魔の力を得ようとしないのか、という……」
「……それもそうですね……」


 炎魔の召し使い達にとってみれば、それは絶好の機会のはずだ。炎魔から晴れて自由の身となり、また強大な力も得られるはずなのだから。
 俺はつぶやくように口を開く。


「なにかしら理由があるってことか? そいつらが炎魔になろうとしない理由が」
「……確定はできませんが……あるいは……」
「いま追っている炎魔源の魔力に、そいつらの魔力は混じっていないのか?」
「……残念ながら……そもそもいまたどれているのは、炎魔源の強大な魔力のおかげでもありますし……」


 仮に炎魔の召し使いが炎魔源を抱えていたとしても、あまりに時間が経ちすぎているから、そいつ自身の魔力は探知できないってことか。
 と、そのとき、視界の先になにか黒い空間というか、周囲の地面が黒くなっている場所が見えてくる。


「ストップ。なんだあの黒い場所は?」


 もしかしてなにかの魔物が出現する予兆か?
 そう思って、その黒い地面の手前で急ブレーキする。ヨナも立ち止まり、俺達は警戒しながらそこへと近付いていく。


「黒い地面……いやこれは、煤? 地面が焦げているのが黒く見えているのか?」
「……炎魔源……」
「「え……?」」


 つぶやいたヨナのほうに、エイラともども顔を向ける。ヨナは黒い地面の先のほう、中央付近に視線を注いだまま。


「……この場所の中央近くから、わずかに強くなった炎魔源の魔力を感じます……」


 そのほうへと彼女が向かい出し、俺もエイラを抱えたままついていく。正確な距離は分からないが、少なくとも半径数百メートルはありそうなその中央付近に到着すると、ヨナは。


「……ここです……ここでいったん、炎魔源の魔力が強くなっています……」


 彼女が周囲に視線を巡らせる。つられるようにして、俺とエイラも周囲を見渡す。
 視線が届く範囲のその周辺には、漆黒の大地以外には他になにもなかった。いままでちらほらと見かけられた雑草や枯れ木、大きな岩もない。魔物の姿や気配すら。


「もしかして、この場所で一度、炎魔源が周囲を燃やし尽くしたってことか?」
「…………、……おそらくは……原因は分かりませんが……」


 ヨナの言葉に、エイラも驚いたように。


「まさか、ここにあったものを全部、ですか……っ⁉ 地面以外、石とか岩とかも全部……っ」
「……ええ……」
「「……っ……⁉」」


 そのすごさに、エイラは言葉が続けられないようだった。もちろん、俺も驚いている。



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