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第二部 炎魔の座
第五十四話 ……おまえの敵を倒しに来た。それだけだ
しおりを挟む爆発に巻き込まれたフリートだったが、爆風で吹き飛ばされても空中でクルリと身体を回転させて、何事もなかったかのように地面に再び降り立った。防御の構えをしていた腕にこそ火傷をしているものの、それ以外に目立った外傷はなく、依然戦意を宿した顔つきをしている。
……さすが魔族というべきか、それともフリートだからか。魔法を使えなくなっているはずなのに、魔力だけでも充分戦えそうだな。
フリートは老人から目を離さずに鋭い声で。
「……何故来た」
まるで責めるように言う。奴にとってみれば、助太刀に来るということは自分が敵に負けるだろうと思われている、と不快に思っているのだろう。
ヨナとともにフリートの近くに並び立ち、目前で薄気味悪く笑っている老人を見据えながら、言い返す。
「……おまえの敵を倒しに来た。それだけだ」
フリートが殺されないように助太刀に来た、と言えば必ず奴は激怒するだろう。いや、すでに見抜かれているだろうが、それでも言葉としては言わないほうがいいと判断した。
「……ふん。我輩の敵を横取りする気か」
「嫌なら協力して倒すか?」
「我輩一人で充分だ」
「……なら、じゃんけんで決めようぜ」
「馬鹿が」
吐き捨てるようにフリートが言う。しかし敵に突撃していかないあたり、奴自身、無闇に戦っても勝算は低いと理解しているのだろう。
そこで会話に割り込むように、ヨナが口を開いた。
「……先ほどあの者が使った紙は、起爆札、ですね……私の記憶が正しければ、本来は東の国の道具のはずですが……」
東の国の道具、つまり帝国や王国で作られた魔法具ではないはずということ。ではなぜ、あの老人はそれを持っているのか。この疑問は、シキガミを持っていたライースにもいえるだろう。
しっしっし、と老人が薄気味悪い笑い声を漏らす。
「不思議か? 疑問か? 謎か? しっしっし。わしが作ったからじゃよ。東の国の技術を盗んでな。しっしっし」
「……では、シキガミも、ですね……」
「しっしっし。その通り。しかして、貴様がここにいるということは、ライースは失敗したということじゃな。役立たずの青二才が」
笑い顔が一変して、老人の瞳がキラリと光る。使えない者を侮蔑する目付き。
その老人に言った。
「ひどい言いようだな。ライースはてめえの仲間だろうが」
「しっしっし。仲間? 否、否、否。わしらはそれぞれの目的のために手を組んだに過ぎぬよ。貴様のような小僧共のお遊びとは違ってな」
「…………」
同じジジイババアでも、師匠とはエライ違いだな。あ、いや、師匠もあれはあれでドライなところはあったか。
黙って見据えていると、なにがおかしいのか老人はまた薄気味悪く口元を歪めて。
「しっしっし。だが、フリートにヨナに、フリートに勝った魔導士の三人が揃い踏みするとは。惜しいのう。これであと一人、貴様らの仲間が、トリンでもいれば条件としては申し分ないのじゃが」
トリンがいれば……?
そこで思い至る。トリンがいれば、数は四人。サラの言っていた人数と合致する。やはり、四人ではなにかヤバイことが起こるらしい。
そのとき、樹上からゴリラのような魔物が複数体、雄叫びを上げながら降ってきた。その皮膚は岩石のように硬質そうに見え、明らかに接近戦でのパワータイプの魔物だ。
こちらへの警戒を解かないまま、それらの魔物の群れを一瞥した老人が何度目になるか分からない笑い声を漏らす。
「しっしっし。代役としては不充分じゃが、まあよいじゃろう。あの三人の誰かになればよいのじゃから」
…………⁉ なにをするつもりか分からねえが、奴から距離を取ったほうが良さそうだ……!
「フリート! ヨナ! 奴から離れるぞ!」
地面を思いきり蹴りながら二人に叫ぶ。サラからの事前情報を聞いていたヨナも察しがついたのだろう、言葉と同時に老人から距離を取った。
しかしフリートだけは。
「ふん。我輩に指図するな。おまえの仲間になったつもりも、指図されるいわれもない」
老人から距離を取ろうとはせず、魔物の群れを迎撃しながら老人がなにをしてくるのか見極めようとしていた。
「おい! フリート!」
「黙れ」
こんの……っ! プライドバカが……っ!
無理矢理にでも距離を取らせるために、思わず急ブレーキしてフリートへと引き返そうとしたとき。
「しっしっし。しっ、四っ、死っ。そのプライドの高さが貴様の敗因になるだろうて。まあ逃げても無駄じゃがのお。『デスフォーギャンブル:ルーレット』」
老人の頭上に無色透明の、光だけの魔法陣が浮かび上がる。それは巨大な円形へと広がっていき、それとともに内部に四分割された色の配色を表した。赤、青、黒、白、の四色。
それとともに、俺の足元に白の円陣が出現する。
フリートの足元には赤が。
ヨナの足元には黒が。
そして魔物の一体に青が。
老人が笑いながら言う。
「しっ、四っ、死っ。わしはエフィル。屍魔導士が一人。廻れ、死のルーレット」
老人の頭上のルーレットが回り出す。ぐるぐるぐるぐる……数秒後、針が止まった。結果は……。
白。
突如として事前の気配もなく、上空から背丈ほどもある斧が回転しながら猛スピードで降ってきて。
「……っ⁉」
左肩から先を斬り落としていった。
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