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第二部 炎魔の座
第五十三話 ……それとも、理由は戦力的な意味ではなく、シャイナさまのお気持ちによるものですか……?
しおりを挟むヨナは続けて言う。
「……それにここは迷いの森です……座標が分かっていたとしても、役に立つかどうか……」
「どういうことだ?」
座標が分かれば、迷うことなんてないと思うが。
「……この森では、転移魔法が無効化されてしまう場所が存在するのです……先ほどの森の入口付近は大丈夫ですが、奥に向かえば向かうほど、その場所と範囲も増えていきます……」
ヨナは付け加えて。
「……また、ここは迷いの森です……常に警戒して、すぐに戦闘できるようにしておいてください……」
「それは、フリートが戦っている奴、以外のことも言ってるな?」
「……はい……端的に言うと、この森は『生きている』ということです……森自体が無数の魔物の集合体といってもよいでしょう……」
だから、いつ何時、常に襲撃されるリスクを伴っている、と。
「さすが、魔界の中層ってところか……」
人間界の常識が通じないような、エライところだな。
と、そんな会話をしているうちにも、周囲にあった木々が動き出し、襲いかかってきた。
「⁉ さすが生きている森っていうだけあるな!」
すぐさま両手のひらに魔法陣を浮かべて、ヨナとともにそいつらを迎撃しながら駆け続けていく。木の魔物だけではなく、他にも巨大なカラスや蛾やキノコのような魔物まで現れて襲ってくる。
「多すぎだろ!」
人間界の魔物よりもはるかに数が多く、なおかつ強力。これが魔界か。
「……あまり魔力は使いすぎず、節約してください……フリート様が交戦している者もいますので……」
「分かってる。だが……にしたって多い。こちとら、さっきライースとも戦ったばっかだってのに」
「……ならば、無理にこれらの魔物を迎撃していくよりも、無視したほうが良いかもしれませんね……」
攻撃のための魔法陣の展開を中止して、ヨナは自身の足に魔力を集中させる。魔物を倒しながらではなく、フリートの元に急ぐことを優先するようだ。
「そうしたほうがいいな」
俺も両手のひらの魔法陣を消して、代わりに足に魔力を集中させた。そうして大量の魔物の群れの隙間をかいくぐりつつ、森の奥へと、さっきよりもさらに速く向かっていく。
そんななか、ヨナが話しかけてきた。
「……先ほどの、三人から一人を選ぶ、ということですが……」
「…………」
「……シャイナさまは、その理由については説明しませんでした……選んだ理由も、選ばなかった理由も……それは、優しさ、ですか……?」
「…………」
フリートの元に到着するまでの、間をもたせるための話にしては、重いかもしれないな。
「……戦力的にもサポート的にも、最も適していたのが私だった……影魔法での攻撃、回復魔法、転移魔法と迷いの森の案内役、として……」
「…………」
「……トリンでは縛魔法による攻撃やサポートは出来ても、回復は出来ない……そしてエイラさまでは回復やサポートは充分にこなせても、攻撃能力が低い。加えて、エイラさまは素の身体能力も一般的な人とほとんど同じだから……」
…………。
「……それとも、理由は戦力的な意味ではなく、シャイナさまのお気持ちによるものですか……? ……シャイナさまは……」
…………。
俺は口を開く。
「……聞こえないか? この先で、戦っているような音が」
「…………」
話を中断して、ヨナは耳を澄ませた。
「……確かに……フリート様の魔力も近くなっています……交戦している相手の魔力も……おそらく、もうすぐ……」
そう言っている間に、視界の先に交戦する二人の人影が見えてきた。一人は全身に魔力をまとい、木々の間を縦横無尽に動くフリート。対してもう一人は背中を少し曲げ、手に長方形の白い紙を持った老人。
「しっしっし、どうしたフリート。そんなに動き回るくせに、攻撃は一向に当たっておらんぞ」
「ク……ッ」
魔力を込めた拳撃や蹴撃をフリートはおこなっているのだが、それらは全て、老人の周囲の見えない壁のようなものに阻まれていた。
魔法使いが身につけるような黒いローブを着た老人は、白い紙を持つ手を顔の前に上げると。
「しっしっし。弱くなったなあ、フリート。かつての魔族の天才が、いまじゃこんな老いぼれにすら太刀打ちできないとは」
「黙れ。私欲のためにグレンと手を組んだ下衆が」
「そのゲスに殺されるのは貴様じゃよ、フリート」
そう言って、老人が白い紙をフリートへと放り飛ばす。それはまっすぐな軌道でフリートへ向かうと、とっさに防御の構えをする奴の目前で爆発した。
「ぐ……っ!」
「フリート! くそっ、ライトボール!」
老人へと光の球体を放つ。しかしそれはフリートの攻撃同様、老人の周りの見えない壁によって弾かれてしまった。
「くそっ、結界魔法か!」
敵が攻撃するときに防御の結界を張り、自分が攻撃するときは解除しているのだろう。
「おやおや、新しい客人か。フリートの部下のヨナに……もう一人は、フリートの目的を邪魔した奴じゃあないか。これはこれは、しっしっし」
老人は声を上げて笑う。かつて敵同士だった者の元に駆けつける、そのおかしさに笑っているんだ。
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