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第二部 炎魔の座

第四十六話 ……どうやら、てめえには詳しい話を聞く必要がありそうだな……

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「「⁉」」


 足元に現れた影は瞬く間に全身を包み込み、視界が黒く染まっていく。


「シャイナ⁉」
「待て! これはヨナの転移の影だ! 無闇に動くな!」


 転移魔法の起動中に、下手に動いてその効果範囲から出てしまうと、良くて転移の失敗、悪ければ範囲から出た部位が切断されてしまう。最悪の場合、首とか心臓とかが切断されて即死、または出血多量で死んでしまいかねない。
 それに、ヨナが事前の連絡なくこんなことをしてきたということは、なにかしら突発的な事態が起きた可能性がある。とにかく、いまはこの転移に身を任せるしかないだろう。
 黒く染まっていた視界が開けて、周囲に薄暗い荒野が広がっていく。息が少し苦しく、身体も少し怠い。この景色と感覚は、昨日体験したばかりのものだ。


「ここは……魔界か?」
「シャイナ⁉ あれ⁉」


 エイラが声を上げて、視界の先を指差す。そこには地面に膝をついて、血が流れる腕の傷をもう片方の手で押さえるヨナと……離れた場所に立つ男の姿があった。


「へえ……いったい何をしたかと思えば、助っ人を呼んだわけか。だけどたった二人じゃ、あんまり意味はないなあ」


 男が言う。その髪は蒼く、瞳の色は黒、身なりは軽装の冒険者といった感じだが、その手には一本の槍が握られていた。


「……意味がなくは、ありません……彼らは、私が知る限り、最強と最高の助っ人です……」


 息をわずかに乱し、腕の傷に回復魔法の淡い光を灯しながら、ヨナが言う。よく見れば、彼女の着ている服にはところどころ破れた箇所があり、すでにいくつもの怪我を負い、治してきたようだった。
 対して、蒼髪の男には怪我らしい怪我はほとんど見られないし、ヨナのように疲労している様子もない。
 この状況、二人の言葉から、二人はなんらかの理由で交戦して、そして不利に追い込まれたヨナが俺達を呼んだ……ということか?


「最強と最高、ねえ……」


 蒼髪の男が観察するように見てきて……その目がエイラを捉えて、ヒュウーと口笛を吹く。


「ほおほお、なかなかいい女じゃねえか。類は友を呼ぶっていうが、美人は美人を呼ぶんだねえ」


 しかし、その口振りとは裏腹に、男の身構えにはわずかな隙も出ていない。見た目は見た目として、相手は敵の増援だと、しっかり分けて考えているようだ。
 戦いのプロであることに間違いはない。
 それは、影魔導士であり、フリートにも認められているヨナを、ほとんど無傷で追い込んでいることからも察せられる。
 こいつは、紛れもなく強い奴だ。


「…………、とりあえず、そのひとを傷付けているってことは、おまえは俺達の敵って認識でいいんだよな?」


 いまさら聞くまでもないかもしれないが。
 男が答える。


「正解。一応忠告しておくけどよ。俺が用があるのは、そこのヨナって女だけだ。そいつの首級を取るのを邪魔しねえのなら、おまえらを殺すのは見逃してやるぜ」


 首級を取る。生首を斬り取る。すなわち、殺すこと。
 ヨナを助ける理由としては、充分すぎるだろう。


「悪りいな。ヨナを殺すつもりなら、俺達はそれを止めなきゃいけねえ。たとえ、おまえが誰であろうと」
「そりゃ、残念。そんじゃ、助っ人に来てもらって早々だが、おまえらには退場してもらおうか。あの世にな……!」


 言った瞬間、男の姿が消えた。


「「⁉」」


 殺気を察したのは、すぐそば、背後からであり……。


「エイラ!」
「え⁉」


 とっさにエイラの身体を突き飛ばす。背後から迫っていた鋭い槍の切っ先が彼女の身体をかすめて、代わりに、突き飛ばした俺の右腕を貫いていく。


「ぐう……っ!」
「シャイナ⁉」


 二人の声を笑うように、ヒュウーという口笛。


「へえ、こりゃびっくり。俺の動きについてきて、しかも女を助けるなんてな。さすがはヨナが呼んだ助っ人か?」


 いまの男の動き、いやこの技は……まさか……。


「ヨナ! エイラを頼む!」


 言うが早いか、地面に倒れるエイラの身体を影が包み込んでいき、ヨナのそばにエイラが転移していく。それを見て、男が。


「ありゃ、残念。せっかくかわいこちゃんと遊べると思ったのに」


 口ではそう言っているが、こちらへの警戒の色は微塵も怠っていない。むしろ、そう発言して、冷静な判断を失わせるように挑発しているのかもしれない。


「……なんで、てめえがその技を使えるんだ……瞬身斬を……?」


 貫かれた腕をだらりと下げながら問う。なんとか切断こそ免れたものの、骨は砕かれていて激痛でいまにもぶっ倒れそうだ。
 瞬身斬という言葉を聞いて、男が一瞬だけ目を丸くした。


「んん? 俺も聞きてえなあ、なんでおまえがこの技のこと知ってんだ? ひょっとして、門下生って奴か?」


 しかしすぐに自分で打ち消すように。


「いや、んなわけないか。おまえのその格好、どう見たって武術家じゃあねえもんな。そもそも、いまの門下生って奴はほとんど全滅してるはずだしな」


 門下生。武術家。そして全滅という不穏なワード。
 サムソンから、サムソンが使う剣技について、どこで覚えたとか他に使える奴はいるのかとか、そういうのはあまり聞いたことがない。聞こうとしても、いつも答えなかったり、はぐらかされてしまうからだ。
 その理由について……この男の言葉を聞いて、なんとなく察してくるものがあった。
 怪我を負った腕に、淡く暖かい光が灯される。エイラの回復魔法の光だ。しかしそれでも、完全回復には多少の時間が掛かるだろう。
 それを見て、次にエイラとヨナのほうにちらりと視線を向けて、男がため息をつく。


「やれやれ、回復魔法の使い手が二人とか。厄介だねえ。あっちを先に始末したいが、ヨナが守ってやがるし……」


 肩をすくめてから。


「ま、いっか。一人一人確実に、まずはこいつを先に殺ってから、あっちを殺りゃあいい。回復が追い付かないスピードで粉々にしていくとして」


 男が槍を構える。瞬身斬の不意討ちが効きにくいということで、今度は槍と全身に魔力をみなぎらせて。
 その男と対峙しながら。


「……どうやら、てめえには詳しい話を聞く必要がありそうだな……」


 こちらも全身に魔力をまとっていった。



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