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第二部 炎魔の座

第三十八話 ……おまえは、新たな炎魔になる気があるのか……?

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「あーっ、この前の美人さんもいるじゃーんっ」


 トリンとともに屋敷へと戻ると、風呂上がりのエイラを見つけたトリンが彼女へと駆け寄っていく。ちなみにエイラはパジャマ姿で、まだ乾ききっていないのか、金色の髪はほのかに湿っていて、拭き取れていないわずかな水滴が明かりを反射してキラキラと光っているようだった。


「なんかいい匂いもするしーっ、わぁーっ」
「わ、わ、え……⁉」


 さっきみたいにすんすんと匂いを嗅いだと思ったら、いきなりトリンはエイラに抱きついた。


「はわぁーっ」


 トリンはうれしそうな、和んだ顔になっている。だからおまえは犬か? いい匂いってのも、風呂上がりだからシャンプーとかの匂いだろうし。
 二人を見ていたヨナが、無表情のまま声をかける。


「……トリン、夕食の準備は出来ています……それともお風呂に先に入りますか?」
「うーんとねーっ……」


 トリンの腹の虫が鳴る。


「ご飯が先ぃーっ」
「……分かりました……それでは一緒に食べましょう……」
「わぁーいっ」


 食堂のほうへとトリンが駆けていく。静かな足取りでそのあとを追おうとするヨナに。


「……フリートはどこにいる?」
「……フリート様なら、先ほど瞑想していた部屋にいます。いまもまた瞑想しているかと……」
「そうか。……トリンとの夕食が終わったら、その部屋まで来てくれないか? トリンも一緒に。話しておきたいことがある」
「…………」


 さっきの散歩のときになにかあったことを察したのだろう。


「……急用であれば、夕食をあとに回しますが……」
「いや、トリンはめちゃくちゃ腹が減っているみたいだし、そっちが先でいい。ヨナも腹が減ってるだろ?」
「…………、……分かりました……シャイナさまがそう仰るのなら……では、またのちほど……」
「ああ」


 今度こそヨナはトリンのあとを追って、食堂へと向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、エイラに声をかける。


「エイラ。フリートの部屋に向かうぞ。エイラも知っておいたほうがいい」
「……うん、分かった」


 さっきまでの和やかな雰囲気から、真面目な顔つきになって、エイラはうなずいた。
 そしてエイラとともにフリートがいる部屋へと行き、ノックを鳴らす。ドアの向こうからフリートの声。


「……誰だ……」
「俺だ。シャイナだ。おまえに話しておきたいことがある。入っていいか?」
「……ふん、好きにしろ」


 なんか、ヨナがドアをノックしたときと違って、不機嫌な色が声音に滲んでいた。瞑想に集中していたのを邪魔されたからか、それとも俺だからか。
 ……やれやれ……。
 まあ、前に敵対して、真正面から戦って負けた相手を良くは思わないだろうしな。
 ドアを開けてなかに入る。相変わらず部屋のなかが薄暗い。


「やっぱり暗いな。明かりつけていいか?」
「好きにしろ」


 手のひらくらいの大きさのライトボールを天井付近へと飛ばす。空中に留まった光の球体は部屋の隅々まで照らし出し、さっきはよく見えなかった部分までくっきりと見えるようになった。


「最初からこうすりゃよかったかもな」
「ふん。それで、何の話だ。つまらないことで我輩の瞑想を邪魔したのなら、容赦はしないぞ」
「いちいち言うことが怖ええなあ」


 やっぱり目の敵にされているらしい。まあ、それはともかく。


「……さっき外に出たとき、ダークエルフのサラって奴と出会った。おまえと同じ炎魔宿命だった奴だ。知ってるか?」
「…………」


 返答はなし。


「まあいい。本題は、そいつに、自分が炎魔になるための協力をしてくれと言われたことだ。それに際して、いまの炎魔の力の継承に関する説明も聞いた」
「…………」


 フリートは相変わらずの無言。その代わりにエイラが、


「ええっ……⁉」


 と、びっくりした声を漏らしていた。そんなエイラへの説明も兼ねて、さっきサラと話した事柄を、順を追って話していく。
 フリートもエイラも静かにその話を聞いていて……話し終えたあとも、二人はしばらく無言のままだった。エイラは単純に、話の内容に驚いて声を出せないみたいだったが……フリートは、なにかを考えているような雰囲気があった。
 ……やはり、サラのことも含めて実はこのことをすでに知っていて、サラの行動や言動の真意について考えているのか……?
 とにかく、黙っていても埒が明かないので、フリートに声をかけた。


「おまえは知ってるのか? 炎魔宿命だった最後の一人のこと」
「…………」


 依然、返答はなし。
 ……まったく……。
 息をつきながら、口を開く。


「知らないならしょうがねえけどよ……でも、これだけは確認させてくれないか? おまえは炎魔に……」


 聞こうとしたとき、おもむろにフリートが口を開いて、言ってきた。


「……グレンだ……」
「……え……?」
「……かつて炎魔宿命だった男のことだ……全身をマントで隠し、頭にもフードをかぶっている、悪魔的な実力を持つ剣士だ……その真の姿は、おまえに倒された炎魔しか見たことがないと言われ、おそらく炎魔宿命のなかで、ひいては炎魔と契約した者のなかで、最強の力を持っているだろう……」


 その声はこれまでになく重々しく、それだけで、そのグレンという謎の剣士の脅威が推し測れた。


「……いまは炎魔宿命の力を失っているだろうが、それでも、その剣技だけで一騎当千の実力はあるはずだ……」
「…………」


 気になっていたことを尋ねる。


「……おまえは、新たな炎魔になる気があるのか……?」


 だが、フリートは直接的には答えなかった。


「…………、……もし仮に炎魔の力を得ようとするのなら、グレンが最大最強の敵になるだろう……」
「…………」


 ……グレン……そいつの名前は、覚えておく必要があるだろうな……。



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