上 下
125 / 235
第二部 炎魔の座

第三十七話 特に、私を含めた、三人の炎魔宿命だった者が

しおりを挟む
 
 ダークエルフの女……サラの言葉を聞いて、さすがにちょっと驚いた。協力することというのもそうだが、それ以上に、炎魔になるという発言にだ。


「炎魔になる、だと?」
「はい。もしかして知らないのですか? 何らかの理由によって魔の存在が消滅した場合、その力を継承する者が新たな魔の存在になることを」
「…………」


 光魔からはそんな話は聞いたことがない。ただ単に聞く機会も、光魔が説明する機会もなかっただけだろうが。
 サラは続ける。


「知らないのならば、現状を理解してもらうためにも、ある程度は説明する必要がありますね。本来、魔の存在が消滅する際に、その力を継承する権利を持つ者を、魔継承と呼びます」
「……魔継承……」


 炎魔の継承者、炎魔継承。


「魔の力を扱う者達、魔法使いのなかでは、最高位とも言える力を持っています。魔の存在は自身が消滅の危機に瀕した際には、その自身の魔継承のなかから、次代の魔の存在になる者を選びます」
「……もし選ぶ時間的余裕がなかった場合は……」


 なんとなく、サラが言おうとしていることが分かってきた。


「その場合は、魔継承が一人しかいなければ、その者に自動的に継承されます。魔継承が複数いた場合は、その者達が話し合い、または争奪することで、次代の魔の存在を決定します」
「……ってことは、おまえは、サラは炎魔の継承者ってことなのか?」


 炎魔の継承者であり、他の継承者と話し合いで決まらなかったから、その争奪戦に協力してくれということか?
 しかしサラは否定した。


「いいえ。私は炎魔継承ではありません。その下位、炎魔宿命でした。よって、私に炎魔の継承権はありませんでした」
「……炎魔宿命……」


 フリートと同じ位階だったということか。


「そもそも、炎魔継承という位階の者は一人もいませんでした。炎魔は自身が消滅する場合のことを想定していなく、よって誰にも力を継承する気などなかったからです」
「……あの傲慢な炎魔なら、確かにそうかもな」


 サラが見つめてくる視線に、力が増したような気がした。


「その口振り、やはりあなたが炎魔を倒したのですね?」
「…………」


 素早く頭を回転させて、無理に隠す必要はなさそうだと判断する。


「……そうだ。俺が炎魔を倒した。光魔の力は借りたがな」
「……なるほど」


 サラも素早く考えている素振りをして。


「……私の調べたところでは、あなたが戦ったフリートもまた炎魔宿命に至っていたようでした。これは推測ですが、そのフリートを炎魔が操り、そしてあなたに倒された……違いますか?」
「違わない。その通りだ。驚いたな」


 フリートが炎魔宿命だったことを教えたのは、ウィズやリダエルとかのごく一部の奴らだけだ。別に機密事項というわけではなかったが、そいつらが不用意に見知らぬ他人に漏らすとも思えない。
 サラの調査力と推理力は、あなどれないかもしれないな。


「私の得意とするところは、隠密行動ですから」


 さっき、サラはずっと尾行して、観察していたと言っていた。てっきりそれは、この魔界に来る前後くらいからだと思っていたが……いま思い返してみると、以前、記者のジーナに会う前にもなにかの気配を感じたことがあった。
 あのときはてっきり、そのあとに出てきたジーナのことだと思ったが……そのときから、サラは尾行していたということか?
 そして、サラは隠密が得意だという。げんに、いままで気付かなかった……もしも、ジーナに会う前の気配や、さっきのかすかな足音が、わざと立てられたものだとしたら? 自分の存在をほのめかすために、そしてこの話を持ちかけるために……。
 ……考えすぎだろうか……?


「炎魔がいなくなり、炎魔継承もいないいま、全ての者に炎魔の力を手に入れるチャンスがあると言えます。無論、実際には、炎魔になるためには他の魔の力を手放すことになりますから、そうしてまで手に入れようとする者は限られるでしょうが」


 炎魔の力を得るということは、いま契約している他の魔の力を捨てるということ。ものすごく悪く言えば、裏切りに近い行為だとも言えるだろう。
 そのことに対して、魔の存在のなかには不愉快に思ったり、激昂したりする奴も出てくるはずだ。そんな、それまで力を借りていた奴を敵に回してまで、炎魔の力を得ようとする奴は限られるということだろう。


「よって実質的には、炎魔の力を欲する者は、かつて炎魔とのみ契約していた者が中心となるはずです。特に、私を含めた、三人の炎魔宿命だった者が」
「……三人の炎魔宿命……」


 二人は分かっている。


「一人は私、ダークエルフのサラ。もう一人は炎魔が消滅する直前に炎魔宿命になった、魔族のフリート。そして最後の一人が……」


 サラがその名前を言おうとした、そのとき。そばの地面に黒い影が出現して、そこからトリンと小さな猫型の魔物が姿を現した。


「あーっ⁉ シャイナじゃーんっ⁉」


 気が付いたトリンが元気な声で驚いている。


「えーっ⁉ なんでシャイナがここにいるのーっ⁉ ここ魔界だよーっ⁉」
「あ、いや、フリートと話がしたくて、ヨナに連れてきてもらったんだ」
「へーっ! そうなんだーっ! あれぇー?」


 またもなにかに気付いたらしく、トリンは近寄ってくると、スンスンとおもむろに上着の匂いを嗅いで。


「いい匂いがするーっ。これは……肉と魚、それにデザートの匂い……さてはシャイナ、おいしいご飯を食べたねーっ⁉」
「おまえは犬か……よく分かったな」
「ずるいーっ。あたしお腹ぺこぺこなのにーっ」
「それなら、ヨナが、トリンが帰ってきたら一緒に夕飯食うって言ってたぞ。もしかしたら、もう準備してるかもな」
「ほんとーっ⁉ わーいっ!」


 ぴょんぴょんと跳びはねるようにして、トリンがうれしそうな声を上げる。こうして見ると、本当に普通の子供みたいなんだよな。めちゃくちゃ強いくせに。


「……っと、そうだった、すまんサラ、それで最後の一人は誰なんだ?」


 思い出して、サラのほうに顔を向ける。


「あれ……? サラ……?」


 いつの間にいなくなったのか、そこにサラの姿は影も形もなかった。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生鍛冶師は異世界で幸せを掴みます! 〜物作りチートで楽々異世界生活〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,794pt お気に入り:2,137

型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,427pt お気に入り:5,417

異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,550pt お気に入り:2,413

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,112

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:69

処理中です...