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第二部 炎魔の座
第三十七話 特に、私を含めた、三人の炎魔宿命だった者が
しおりを挟むダークエルフの女……サラの言葉を聞いて、さすがにちょっと驚いた。協力することというのもそうだが、それ以上に、炎魔になるという発言にだ。
「炎魔になる、だと?」
「はい。もしかして知らないのですか? 何らかの理由によって魔の存在が消滅した場合、その力を継承する者が新たな魔の存在になることを」
「…………」
光魔からはそんな話は聞いたことがない。ただ単に聞く機会も、光魔が説明する機会もなかっただけだろうが。
サラは続ける。
「知らないのならば、現状を理解してもらうためにも、ある程度は説明する必要がありますね。本来、魔の存在が消滅する際に、その力を継承する権利を持つ者を、魔継承と呼びます」
「……魔継承……」
炎魔の継承者、炎魔継承。
「魔の力を扱う者達、魔法使いのなかでは、最高位とも言える力を持っています。魔の存在は自身が消滅の危機に瀕した際には、その自身の魔継承のなかから、次代の魔の存在になる者を選びます」
「……もし選ぶ時間的余裕がなかった場合は……」
なんとなく、サラが言おうとしていることが分かってきた。
「その場合は、魔継承が一人しかいなければ、その者に自動的に継承されます。魔継承が複数いた場合は、その者達が話し合い、または争奪することで、次代の魔の存在を決定します」
「……ってことは、おまえは、サラは炎魔の継承者ってことなのか?」
炎魔の継承者であり、他の継承者と話し合いで決まらなかったから、その争奪戦に協力してくれということか?
しかしサラは否定した。
「いいえ。私は炎魔継承ではありません。その下位、炎魔宿命でした。よって、私に炎魔の継承権はありませんでした」
「……炎魔宿命……」
フリートと同じ位階だったということか。
「そもそも、炎魔継承という位階の者は一人もいませんでした。炎魔は自身が消滅する場合のことを想定していなく、よって誰にも力を継承する気などなかったからです」
「……あの傲慢な炎魔なら、確かにそうかもな」
サラが見つめてくる視線に、力が増したような気がした。
「その口振り、やはりあなたが炎魔を倒したのですね?」
「…………」
素早く頭を回転させて、無理に隠す必要はなさそうだと判断する。
「……そうだ。俺が炎魔を倒した。光魔の力は借りたがな」
「……なるほど」
サラも素早く考えている素振りをして。
「……私の調べたところでは、あなたが戦ったフリートもまた炎魔宿命に至っていたようでした。これは推測ですが、そのフリートを炎魔が操り、そしてあなたに倒された……違いますか?」
「違わない。その通りだ。驚いたな」
フリートが炎魔宿命だったことを教えたのは、ウィズやリダエルとかのごく一部の奴らだけだ。別に機密事項というわけではなかったが、そいつらが不用意に見知らぬ他人に漏らすとも思えない。
サラの調査力と推理力は、あなどれないかもしれないな。
「私の得意とするところは、隠密行動ですから」
さっき、サラはずっと尾行して、観察していたと言っていた。てっきりそれは、この魔界に来る前後くらいからだと思っていたが……いま思い返してみると、以前、記者のジーナに会う前にもなにかの気配を感じたことがあった。
あのときはてっきり、そのあとに出てきたジーナのことだと思ったが……そのときから、サラは尾行していたということか?
そして、サラは隠密が得意だという。げんに、いままで気付かなかった……もしも、ジーナに会う前の気配や、さっきのかすかな足音が、わざと立てられたものだとしたら? 自分の存在をほのめかすために、そしてこの話を持ちかけるために……。
……考えすぎだろうか……?
「炎魔がいなくなり、炎魔継承もいないいま、全ての者に炎魔の力を手に入れるチャンスがあると言えます。無論、実際には、炎魔になるためには他の魔の力を手放すことになりますから、そうしてまで手に入れようとする者は限られるでしょうが」
炎魔の力を得るということは、いま契約している他の魔の力を捨てるということ。ものすごく悪く言えば、裏切りに近い行為だとも言えるだろう。
そのことに対して、魔の存在のなかには不愉快に思ったり、激昂したりする奴も出てくるはずだ。そんな、それまで力を借りていた奴を敵に回してまで、炎魔の力を得ようとする奴は限られるということだろう。
「よって実質的には、炎魔の力を欲する者は、かつて炎魔とのみ契約していた者が中心となるはずです。特に、私を含めた、三人の炎魔宿命だった者が」
「……三人の炎魔宿命……」
二人は分かっている。
「一人は私、ダークエルフのサラ。もう一人は炎魔が消滅する直前に炎魔宿命になった、魔族のフリート。そして最後の一人が……」
サラがその名前を言おうとした、そのとき。そばの地面に黒い影が出現して、そこからトリンと小さな猫型の魔物が姿を現した。
「あーっ⁉ シャイナじゃーんっ⁉」
気が付いたトリンが元気な声で驚いている。
「えーっ⁉ なんでシャイナがここにいるのーっ⁉ ここ魔界だよーっ⁉」
「あ、いや、フリートと話がしたくて、ヨナに連れてきてもらったんだ」
「へーっ! そうなんだーっ! あれぇー?」
またもなにかに気付いたらしく、トリンは近寄ってくると、スンスンとおもむろに上着の匂いを嗅いで。
「いい匂いがするーっ。これは……肉と魚、それにデザートの匂い……さてはシャイナ、おいしいご飯を食べたねーっ⁉」
「おまえは犬か……よく分かったな」
「ずるいーっ。あたしお腹ぺこぺこなのにーっ」
「それなら、ヨナが、トリンが帰ってきたら一緒に夕飯食うって言ってたぞ。もしかしたら、もう準備してるかもな」
「ほんとーっ⁉ わーいっ!」
ぴょんぴょんと跳びはねるようにして、トリンがうれしそうな声を上げる。こうして見ると、本当に普通の子供みたいなんだよな。めちゃくちゃ強いくせに。
「……っと、そうだった、すまんサラ、それで最後の一人は誰なんだ?」
思い出して、サラのほうに顔を向ける。
「あれ……? サラ……?」
いつの間にいなくなったのか、そこにサラの姿は影も形もなかった。
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