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第二部 炎魔の座
第三十四話 毒を食らわば皿までだっ!
しおりを挟む「大丈夫だった、シャイナ?」
部屋から廊下に出ると、待っていたエイラが駆け寄るように来て、開口一番で聞いてくる。かつての敵と一対一で話したのだから、そりゃ心配もするだろう。
「怪我の心配なら大丈夫だ。べつに戦ったわけじゃないからな」
「良かった……」
「だが、話し合いの結果という意味でなら……正直分かんねえ」
「…………」
胸をなでおろすようにしていたエイラの顔が再び少し曇る。話し合いの結果が分からない……それは協力態勢が成功したとは言えず、いまだフリートをまた敵に回す可能性があるということ。
だが無論、失敗したとも言えないわけだ。
フリートは廊下の隅に控えているヨナのほうへと歩いていく。その二人に目を向けると、エイラもつられてそちらに顔を向ける。
しかしフリート達はそんな視線には構わない様子で。
「晩餐の準備をしろ」
「……了解しました……」
簡潔にそれだけの会話で済ませて、フリートは廊下の奥へと消えていく。あとに残ったヨナは音もなく歩いてくると。
「……食堂に案内します……ついてきてください……」
一緒に夕飯を食え、ということか?
「いいのか? 俺達も一緒に食って」
「……フリート様は晩餐と仰いました……普段は夕食や夕飯と仰いますし、そもそも、わざわざ私には仰らずに一人で勝手に食べていますから……」
「「…………」」
エイラと顔を見合わせる。それの意味するところは、なにか。
「……さあ、食堂はこちらです……」
「……お、おう……」
フリートが消えていった方向へとヨナが歩き出す。戸惑いながらも、そのあとをついて歩き始めた。
それから多少の時間が経って、食堂にて。その食堂はとても広く、天井にはやはり豪華なシャンデリア、壁際には壺などの骨董品や動物の頭部の剥製や、立派な絵画などが飾られていた。
食堂の中央には十人とか二十くらいは座れそうな長いテーブルが置かれ、その先端部、屋敷の主人が座る場所にフリートが座っている。
そのフリートの斜め前にあたる場所に、エイラと並んで座っていた。目の前には食前酒として出された、グラスに注がれた飲み物と、先付けとして出された小さな漬物みたいな料理が置かれている。
「……シャイナさまとエイラさまはお酒を飲まないそうなので、サイダーを用意しました……まもなくオードブルを出しますので、しばしお待ちください……」
そう言うと、ヨナは食堂のドアから奥へと消えていく。フリートは高級そうな酒の入ったグラスを一度口につけてから。
「見ているだけではなく、食え。我輩は毒など盛らん」
「「…………」」
……そう言われてもな……。ちらりとエイラと目線を交わしてから、すでに先付けを飲み込んでいるフリートに言う。
「……これ、魔界の食材だろ? 俺達が食っても平気なのか?」
「さあな」
「……おいおい……」
そこは平気と言ってくれよ。
「おまえが知っているかは知らんが、魔族とは、元々はおまえと同じ人間だった者のことだ」
「……は……?」
こいつはいきなりなにを言い出すんだ。
「空間の断裂によって魔界の魔物が人間界に迷い込むように、人間もまた魔界に迷い込むことがある。その人間及びその子孫が何代もかけて魔界の瘴気を吸い、魔界の食物を摂取することによって、魔界に適応したのが魔族だとされている」
「「…………⁉」」
「いまさら驚くことでもあるまい。魔族が人間とほとんど同じ姿なのを見れば、察しはついたことだろうが」
「「…………」」
確かに、そうかもしれない。いや、もっと早く気付くべきだったかもしれないだろう。ヒントは提示されていたのだから。
「従って、その魔界の食物を食べることによって、おまえに何かしらの影響がないとは言い切れん。食べるのなら、自己責任で食え」
「「…………」」
エイラがちらりと視線を向けてきて、……シャイナ……、と小さな声でつぶやく。不安が混じった声。
プライドの高いフリートのことだ、奴の言う通り毒は盛られていないのだろう。しかし……はたして魔界原産の料理を食べても大丈夫なのか……。
頬に一滴の冷や汗を浮かべながら、ジッと目の前の漬物みたいな料理を見つめていると……ドアの奥から銀盆を載せた台車を押して、ヨナが姿を現した。彼女がおもむろに口を開く。
「……向こうにも聞こえていましたが、お二人が食べても悪影響はないかと思います……基本的に、人間が魔族へと変異するには、何世代もの長きにわたる時間が必要ですから……」
「「…………」」
彼女は銀盆に載ったオードブルの皿をそれぞれの前に置いていきながら。
「……ですが、お二人が心配なさるのなら、お二人にはお二人の世界の食材で作った料理を出しましょう……お二人にはせっかくの晩餐を楽しんでもらいたいですし……」
「「…………」」
オードブルとして出されたのは、ペースト状になった料理だった。ほのかにうまそうな肉の匂いが香り立ち、ベーコンを細かくしたような肉の欠片らしきものも見える。
おそらく、魔界にいる家畜か、食べられる魔物の肉が原材料なんだろう。良い香りと見た目……正直、うまそうではある……が……しかし……。
「……シャイナ……」
隣からエイラの心配そうな声が漏れ聞こえてくる。無理して食べないほうがいい、もしもなにかあったら……声にはそう心配する心持ちがありありと含まれていた。
…………ええいっ!
「毒を食らわば皿までだっ!」
置かれていたスプーンをつかみ取り、ペースト状のそれをすくい上げて口へと勢いよく持っていく。
「シャイナ……っ⁉」
度肝を抜かれたようなエイラの声。無表情のまま見つめるヨナと、眉だけピクリと動かすフリート。
口のなかには芳醇な肉の香りと旨味が広がっていき、かすかな後味を残して溶けていく。はたして飲み込んだのかどうかも疑わしくなるくらい、一瞬でなくなってしまった。
「…………うまい……」
思わずつぶやくと、フリートは自分もオードブルを口に運びながら。
「当然だ。それよりも、もっと優雅に食え。テーブルが汚れる。あと、毒を食らわばとは失礼な奴だ、毒など盛っておらんと言ったはずだ」
「お、おう、すまん……」
「ふん」
二口、三口……続けてペースト状の料理を口に運んでいく。やっぱりうまい。悔しいが、こいつはいつもこんな料理を食っているのか、くそっ……。
呆気に取られたようにその様子を見ていたエイラは、ゆっくりと自分の前に置かれた皿に顔を向けていき、おずおずとスプーンを手に取っていく。
「おい、エイラ、おまえはべつに無理しなくても……」
「……シャイナが食べるなら……わたしも……シャイナと同じものを、おいしいと思うものを、一緒に食べたいから……」
オードブルをすくい取り、震えるスプーンの先を口まで持っていく。わずかな躊躇。そしてエイラはギュッと目を閉じながら、スプーンの先を口のなかに入れた。
…………、一瞬の間、直後、彼女は勢いよく目を開けて顔を向けてきて。
「おいしいっ! おいしいよっ、シャイナっ!」
子供みたいに目を輝かせて、うれしそうな声を上げた。
それを見ていたヨナが。
「……お二人のお気に召したようで、良かったです……」
相変わらずの無表情でそう言った。
フリートはというと。
「…………」
黙々とスプーンとグラスを口に運んでいた。
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