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第二部 炎魔の座
第三十話 ……俺をフリートの元まで連れていってくれないか。おまえ達の拠点……魔界に……
しおりを挟むそれからあとについては、黒い影に飲み込まれたいくつもの海賊船は全て破壊されたが、その内部にいた海賊達は影による拘束こそされたものの、命に関わるような怪我はなかった。
それはヨナがしたことではあるが……どうして彼女は命を取らなかったのか?
「……ただの気まぐれだと思っていただければ……私には彼らの命を取るほどの理由も、激情もありませんでしたから……」
港の近く、官憲達が無力化された海賊達をしょっぴいたり、ヒーラーや医療関係者達が怪我人の治療にあたっているなか、ヨナはそう答えたのだった。
海賊による街の被害は大きく、病院などの医療施設もかなりの打撃を受けていた。なんとか機能できる病院には怪我人が運ばれたものの、それでもパンク状態で、病院以外の破壊を免れた建物や、街中の通りに簡易的なテントを張って、そこに比較的軽傷の人達を運んでいた。
それら怪我人を治しているなかには、エイラも混じっていて、額や頬に汗を伝わらせながら治療をおこなっていた。
「……ヨナは治療には加わらないのか……?」
奮戦するエイラをちらりと見やりながら、赤い鳥とともに並び立つヨナに聞く。しかし彼女はやはり感情の起伏に乏しい顔付きで。
「……私はこの魔物を回収したらすぐに戻るつもりでしたので……また、私はこの国の敵だった者ですから……」
「…………」
確かに、ヨナは帝国に革命をもたらそうとしたフリートの仲間であり、帝国の敵だった。
……だが、そんな彼女がブーモや子供を助けてくれたのも確かだ。たとえそれが一時の気まぐれだったとしても……。
そこでヨナはエイラのほうに目を向けながら。
「……エイラさまと言いましたか、彼女がいれば、怪我人の治療には充分かと思われます……彼女はフリート様の炎魔法による焼滅を遅らせるほどの実力を持っているのですから……」
フリートと初めて対峙した、あのパーティーのとき。エイラはフリートの炎魔法に包まれたクラインさんを、自身が使える最高クラスの回復魔法で助けた。そのことはあのフリートですら一目置いていたくらいだった。
「……それでは、私はこれで失礼します……」
背を向けようとするヨナに、声を掛ける。
……まだヨナには、俺がここにいる目的を伝えていない……。
「待った。俺は確かにその赤い鳥に会うためにこの街に来たが、それはヨナやトリン達に会うためでもあったんだ」
「…………」
ヨナがいま一度顔を向けてくる。相変わらず無表情に近い顔付きだったが、そこにはかすかに疑問の色がにじんでいる……気がした。
そしてヨナに、これまでの経緯と、これからの目的を話す。彼女は黙ったまま聞いていたが、話し終わると、一言。
「……なるほど……」
ただそれだけをつぶやいた。それからはなにかを考えるように、目を少しだけ伏せて口を閉ざしてしまう。
なにか言ってくるか、言うとしたらどんなことを言うか、不安を覚えながら待ってみるものの……一向に口を開けようとはしないので、我慢しきれなくなって聞いてみる。
「……俺はそう思ったんだが、どうだ? 革命とは違うし、もうあんなことをさせるつもりもないが、フリートやヨナ達と協力しあえるんじゃないかと思ったんだが……」
すると、ヨナは伏せていた目を気持ち程度向けてくると。
「……その決定に関して、私の一存では決められません。フリート様やトリン、それと魔物達にも話してからでないと……」
「それはそうだな。おまえ達の、フリートの意見も聞かねえと意味がない。だから……」
この一言を言うのには、少しだけ勇気がいった。臆しているわけではない。ただそれでも、ついこの前戦ったばかりの奴と会い、手を取り合いたいというのだ……フリートが激情して、また決闘してこないとも限らないからだ。
「……俺をフリートの元まで連れていってくれないか。おまえ達の拠点……魔界に……」
「…………」
ヨナは黙ったまま、無表情のまま、ただじっと見つめてくる。ややあってから。
「……信じていなかったわけではありませんが……どうやら本気のようですね……」
「ああ。フリートには直接、俺が話したいからな」
「…………」
ヨナはエイラのほうをまたちらりと見て。
「……あなたがそう言うのなら、私は構いません……が、エイラさまのことはどうするのですか? あなた一人だけで? それとも彼女も連れて?」
「…………」
エイラのほうを見る。彼女は懸命に人々の治療にあたっていて、彼女や他のヒーラー達や医療関係者のその努力の甲斐あって、人々は次々と元気を取り戻していっていた。
「…………、エイラにもちゃんと話すつもりだ、みんなの怪我の治療が終わったら……疲れてるだろうが、黙って勝手に離れていったら、あとでなに言われるか分からねえからな」
「…………」
ヨナに目を戻す。
「だからすまないが、ヨナにはそれが終わるまで待っててほしい。たぶん、今夜には魔界に向かえると思う。俺一人かエイラもかは、エイラの返答次第になるが……」
「……そうですか……分かりました……あなたがそう言うのなら、待ちましょう……」
「フリートやトリンに連絡しなくて大丈夫か?」
「……あとで頃合いをみて、しておきます……あなたを連れていくことも伝えなくてはいけませんし……」
「分かった。仲を取り持ってもらって、助かる。ありがとう」
「…………、……いえ、本当に大変なのはあなた自身ですから……」
「……まあな……」
はてさて、この話を聞いて、フリートはいったいどんな反応を返してくるか。
あいつのことだから、協力を拒むことも充分あり得る。というか、そうなる可能性が高いことを前提に考えておかねえと。
それをどうやったら説得できるか、だな。
ヨナが聞いてくる。
「……エイラさま達の治療が終わるまで待つのですか?」
「いや……俺も手伝いにいく。回復魔法は使えねえが、雑用くらいならできるはずだ。少しでもエイラ達の負担を減らしてやらねえとな」
「…………」
するとヨナはそばでじっと話を聞いていた赤い鳥のほうを向いて。
「……あなたは先に帰っていなさい。送ってあげますから。用事が終わり次第、私もすぐに戻ります……」
赤い鳥が周囲に気を使うような、小さな声で一度鳴く。了解したということだろう。
赤い鳥が影の転移魔法に包まれて、消えていく。あとに残ったヨナは、おもむろにローブのフードを頭にかぶると。
「……微力ながら、私も治療を手伝いましょう……回復魔法が使えますので……」
「さっきは手伝うつもりはなかったんじゃないか?」
「……事情が変わりましたので……終わるまで待っていては、暇を持て余しますし……」
「……なんか、おまえの考えていることはよく分かんねえな。フードもなんでかぶるんだ?」
「……私はこの国の敵だった者ですから……」
「…………、行くか」
後ろをついてくるヨナとともに、人々の治療をおこなっているエイラ達の手伝いに向かっていった。
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