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第二部 炎魔の座

第二十六話 ……これが、奴が隠していたものの正体か……っ……

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 崩壊した建物の細長い縁の上、拳銃を手に持ちながらニヤニヤとした笑いを浮かべる奴を見据える。奴もまた笑ってこそいるが、その目はこちらの一挙手一投足を見逃すまいとしている。
 いまのこれらの様子は、まるで荒野に対峙する二人の決闘者のように見えるだろう。そして事実、この一騎討ちの結果が、襲撃されているこの街の行く末を左右するだろう。
 ……負けるつもりはさらさらない。だが……奴がなにかしらの奥の手を隠しているだろうことは推測できる。奴は魔法を使えるのだから……。


「どうしたア⁉ 来ねえのかア⁉」


 なおも挑発するように奴が声を上げる。
 いま奴の手に握られている拳銃の残弾数は四発。回転式弾倉だから、使い切ったあとの弾丸の装填には、ある程度の時間が必要であり、隙も生まれる。
 奴が遠距離攻撃の魔法を使えるかは知らないが……残弾を撃ちきった瞬間が、絶好のチャンスということになる。


「来ねえのなら、こっちから行くぜエ!」


 奴が銃口を向けて、引き金を引いた。撃ち出されたのは一発の銃弾。それが高速で迫ってくる。確実に仕留めるために、額へとまっすぐに。
 これまでの手合いから、奴の狙撃技術はかなりの腕前であるらしいことが分かる。なんとか回避してきたが、いずれの銃弾も寸分違わずに額の真ん中を狙い撃ちにしてきている。
 もし身体強化系の魔法が使えなければ、とうの昔に額を撃ち抜かれて、あの世にいっていただろう。
 だが……。正確に額を狙ってくるということは、それだけ弾丸の軌道を読みやすいということでもある。
 縁を蹴り、向かってくる弾丸へと走り出す。一秒後には弾丸は目前まで迫っていたが、首を少しだけ傾けることにより、最小限の動きでそれを紙一重で回避すると、そのまま奴へと向かっていく。


「ハッハッー! 凄えなア、テメエ!」


 言うと同時に、奴が再び銃弾を撃ち放つ。だが、攻撃方法がいままでと同じである以上、回避方法も変わらない。
 これを避ければ、奴はもう目と鼻の先だ。光の魔力で強化したパンチをぶちこんで、気絶させて終わりにできる。
 そして迫る二発目の弾丸もまた、首を少し傾けるだけで避けようとしたとき。弾丸の底部にあたる部分に、小さな薄緑色の魔法陣が出現した。


「加速しろ! イグナイトエア!」


 奴が叫ぶと同時に、弾丸が急加速する。
 ……っ……これが、奴が隠していたものの正体か……っ……。
 加速したスピードに対して、回避が完全には間に合わず、右眉の上のほうを弾丸がかすめていく。ほのかな痛みと熱が感じられたが、それよりも厄介なことに、流れた血によって右目の視界が一時的に奪われてしまった。
 ……しまった……バランスが……っ……。
 右目が一時的に見えなくなってしまったことで、体幹がわずかに狂ってしまい、足元がふらついてしまう。ここは崩れた建物の頂上部、その細長い縁の上だ。わずかなバランス感覚の乱れが、落下の危険につながってしまう。


「ハッ、いまのも避けんのかよ⁉ マジでふざけたヤローだぜ! だが!」


 奴が三度目の引き金を引いた。その照準はいままでの額ではなく、ふらついた足元に定められていて。


「落ちやがれ、イグナイトショット!」


 片目だけの視界のなか、凄まじいスピードの弾丸が発射される。片目だけでは距離感をつかむのさえ難しいというのに、加えてこのスピードだ、避けようとするよりも早く、弾丸が足を撃ち抜いていった。


「ぐ……ぅ……っ……」


 今度こそ、バランスを完全に崩して縁の上から地面へと落下していく。
 ……奴が使ってきた魔法は二種類。
 一つは身体、つまりはものを強化する黒い光の魔法。おそらくは、闇魔法か、その系統に属する魔法だろう。
 もう一つが、ものを加速させる魔法。『エア』という単語を言っていたことから、風魔法か、それに類する魔法なのだろう。
 加速魔法を使うときに強化魔法を解除していたことから、一度に使えるのは一つの魔法だけなのかもしれない。そうだとすれば、魔法使いとしてはまだ未熟であり、階級としては魔法士といったところだろう。
 弾丸の再装填はしていないから、いまあの弾倉に残っているのは、一発だけのはず。そして、おそらくはそれでトドメを刺そうとしてくるはずだ。


「さすがのテメエでも、落ちてるときには避けられねえだろ! これで今度こそ死にやがれ! ダークバレットショット!」


 奴が持つ拳銃の銃口に漆黒の魔法陣が浮かび上がる。先ほどの強化魔法で弾丸を強化し、確実に息の根を止めるための、漆黒の光をまとった弾丸を撃ち出した。
 さらに厄介なことに、最後のそれは額ではなく、胴体、その心臓の部分に狙いが定められていた。いままでのような額を狙った射撃では、また首を動かして避けられると判断したのだろう。
 鳥のように空を自由に飛び回れない限り、空中での大きな身動きは難しく、よって、心臓を狙うこの弾丸を避けることもまたできない…………。
 ……ちっ……見た目によらず、結構しっかり考えて戦ってやがる……。
 まっすぐに飛んできた漆黒の弾丸は、寸分の狂いもなく心臓部めがけて命中した。



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