109 / 235
第二部 炎魔の座
第二十一話 いずれ冒険者をやめるときが来たら、
しおりを挟むブーモの声に、道行く人達がびっくりしたような、あるいは不審者を見るような、そんな視線を向けてくる。それらの視線に若干恥ずかしくなりながら。
「あー、悪い、今度こそちゃんと思い出した。ブーモだろ。なんでおまえがこの街にいるんだ?」
ブーモは不審げな目を向けてくる。本当にちゃんと思い出したのか怪しく思っているのだろう。
「なんでもなにも、この街に俺の屋敷があるからだよ。そういや言ってなかったか、この前のパーティーのときに」
それからこちらの姿を上から下まで見て、同じようにエイラのことも見たあと。
「……やっぱりとは思っていたが、その格好、二人ともやっぱり貴族じゃなかったんだな……」
「……まあな……」
ブーモのつぶやきにそう短く返すと、奴は通りにある店の一つをちらりと見やりながら。
「あのバーで話さないか? 積もる話もあることだし」
その誘いに、エイラと一度顔を見交わしたあと、うなずいて応じる。
「いいぜ」
そしてそのバーへと入り、あいているカウンター席に並んで座る。俺を真ん中にして、右隣にブーモ、左隣にエイラだ。
ブーモはカクテルを注文したが。
「俺はサイダーで」
「わたしもシャイナ……彼と同じものをお願いします」
カウンターの向こうにいるバーテンダーは眉をちょっと動かしたが、言われた通りのものを用意し始める。ブーモもまた、あれ? というような顔を向けて。
「酒じゃないのか?」
「悪いな。なるべく飲まないようにしてるんだよ。酔っ払って前後不覚になってるところを襲撃されないようにな」
「……ふーん……冒険者ってやつも大変なんだな」
「まあ、俺達みたいなのが珍しいとは思うぜ。他の奴らは普通に飲んでるし。それに、どっちかっていうとバー自体は好きなほうだぜ」
バーのなかに視線を向ける。店内にはピアノが置かれていて、専任のピアニストが落ち着いたクラシック曲を弾いていた。それを聞きながら、他の客達も談笑したり、あるいは静かに酒の味を楽しんでいたりしている。
「この落ち着いた雰囲気がいいよな。いずれ冒険者をやめるときが来たら、そのときは安心して酒を飲みたいなって思ってるし」
エイラも同意するようにうなずいて、ブーモはというと。
「…………ふーん……」
納得したような、思うところあるような、そんな声を出す。
「…………、なんか、そういうのを聞くと、本当にプロの冒険者なんだなって思うな。あのパーティーのときの貴族の格好は、やっぱりなにかしらの事情があったってことか」
「まあな。話せば長くなる……いや、悪い、この話は許可なく、していいのかどうか……」
帝国や皇帝の命がフリートによって狙われていたことは、すでに周知の事実になっている。しかし、貴族の振りをしてパーティーに潜入したことはウィズからの直接の依頼であり、いまでも公にはされていない。
そういう事情がある以上、ウィズや皇帝の許可なく、勝手に他言はしないほうが無難だろう。
それらの背景をなんとなく察したのか、そのことについてブーモはそれ以上聞いてくることはせずに、話題を変えた。
「そうそう、クラインやステラさんのことは覚えてるか? あのパーティーにいた二人だよ」
「覚えてるぜ。もしかして、二人と連絡を取り合ったりしてるのか?」
「まあな。あのとき、クラインに命を助けられてから、あいつの領地経営を支援したりしてんだよ。いまこうして俺が生きてんのはクラインのおかげでもあるからな。せめてもの恩返し、ってやつさ」
ブーモは一度エイラを見やって。
「もちろん、エイラさんのおかげってことも忘れてないですよ。あのときは俺やクラインやみんなを助けていただき、本当にありがとうございます」
「…………、いえ、こちらこそ、どういたしまして」
出会った当初の身勝手な振る舞いとは打って変わって、いまのブーモはいっぱしの貴族のような落ち着きというか、丁寧さみたいなものが備わっていた。
おそらく、あのときのことがあってから、本当に心を入れ替えたのだろう。
「丸くなったな、おまえ。さっきはブータとかゴートとか言ったが、本当に別人になったみたいだぜ」
「さすがに俺でも成長するってことさ。つーか、俺のことは忘れてたくせに、クラインやステラさんのことは覚えてるんだな」
「だから悪かったって」
ブーモはいまだに文句を言いたそうな顔をしたが、一度小さな息をついて。
「まあいいか。そうそう、ステラさんのことだけど、もし会うことがあったら、失礼なことするんじゃねえぞ」
「はあ……そりゃまあ、失礼なことなんてするつもりなんかねえけど……なんでまた改まってそんなことを?」
「そうか、おまえは知らなかったな」
「?」
そのとき、バーテンダーが注文したものをそれぞれの前に置いていく。ブーモはカクテルを手に取ると、それに口をつけながら。
「すごいぜ、彼女。俺も他の奴から聞いただけだが、おまえがこの国を救ったっていう新聞記事や雑誌を片っ端から集めて、スクラップ帳にまとめてるみたいだぜ。貴族の社交パーティーでも、おまえの話ばっかりしているらしい」
「……へ……?」
「まあそりゃ、命を救ってもらった奴が国まで救っちまったんだから、そうなっても仕方ないのかもしれねえな。彼女の屋敷のメイドや執事のうわさじゃあ、おまえの姿を模した可愛らしいぬいぐるみをハンドメイドして、大切にしているらしい」
「…………、へ、へぇ……?」
……なんか、ほんのちょっとだけ背中がゾクッとしたのは、気のせいだろうか……?
しかしブーモはわずかにニヤツキながら。
「まったく、おまえも隅に置けねえなあ。うらやましい限りだぜ」
「…………お、おう…………?」
なんか、左隣を見るのが怖い。いやなんか、エイラのほうから、ほのかに不機嫌な雰囲気が立ち上っている気がして。これもやはり気のせいだろうか……?
だがブーモは気付いていないらしく。
「でも最近は屋敷のなかでぶっ倒れて、しばらく寝込んでいたそうだ。おまえの熱愛報道の記事を読んでから」
「いやあれはだな……っていうか、大丈夫なのか、ステラさん」
「……ああ、身体のほうは大丈夫だそうだ、気持ち的には本調子じゃないみたいだけどな……まったく……」
ブーモがなにか言いたそうにちらりと見てくる。
左隣のエイラのほうからは、今度はさっきと違い、ふふふん、とどこか得意げな雰囲気が漂ってきている。
ブーモは小さな息をついてから、話題を変えるように。
「それで? 二人はどうしてパラニアに? 冒険者としてのなんかの依頼でか?」
「あ、ああ、まあな。この辺りの岩山地帯に、シーゲイザーっていう赤い鳥の魔物が出るって聞いてな……」
「ああ、あれのことか」
「おまえもなにか知ってるのか?」
「ちまたでうわさになってることや、新聞記事で読んだ情報くらいだよ。たぶん、おまえらももう知ってることばかりだ」
「それでも、とりあえず話してくれないか? もしかしたら、なにか新しいことが分かるかもしれねえし」
「……そうだなあ、それじゃあまず……」
それから、しばらくの間、ブーモといろいろな話を交わしあった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
269
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる