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第二部 炎魔の座

第十七話 …………、うんにゃ、わたしはその東の国の生まれじゃないよ

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「つーか、なんだよその服……服? 服なのかそれ? いつも着てたやつはどうした?」


 再会したときからずっと気になっていたことを聞くと、師匠はあっけらかんとして。


「ああこれ? なんか暇だから森で暮らそうと思って、せっかく森で暮らすんだから、こうしたほうがもっと楽しいんじゃないかと思ってさ。これが意外と動きやすくてね。もちろん前の服もとってあるよ」
「まさか手作りか? よくあんなに動き回って外れなかったな」
「うんにゃ、さすがに魔法で作ったよ。あ、でも、パンツはちゃんとしたのをはいてるからね。見るかい?」
「やめろ。ババアのなんか見ても気持ち悪い」
「まったく。朴念仁は相変わらずだな」


 そこで師匠はエイラに顔を向けて。


「エイラだっけ? 大変だろう? きみも」
「…………はい……まあ……」
「あはは。やっぱりね」


 なんのことを言ってるんだ?
 と、エイラが顔を寄せて耳打ちしてくる。師匠の元気に気圧されているのか、ほのかに戸惑った声音で。


「……ねえ、なんだかシャイナのお師匠さまって、どこかトウカに似てない?」
「トウカに?」
「うん」


 改めて師匠を見る。
 …………、あー、確かに、言われてみると、なんとなく雰囲気が似ているような気がしないでも、ないような、あるような……?


「なんだい? ひとのことをジロジロ見て。やっぱりパンツが見たいのかい?」
「んなわけあるかっ! じゃなくて、師匠って俺達の知り合いに似てんなって……」
「知り合い?」
「ああ。元々パーティーを組んでた仲間で、トウカっていうんだけどな。東の国生まれのやつで、黒髪で黒目だし、顔付きとか雰囲気とか……」
「…………、ふーん」
「もしかして、師匠の親戚とかか?」
「…………、うんにゃ、それはないね。前に言ったことがあると思うけど、わたしは自分の肉体年齢を操れる代わりに、子供ができないから。血縁者もまったくいないし」
「…………そうか……」


 子供ができない身体。家族や親戚もいなく、天涯孤独の身の上。そんな人生を、悠久とも思える時間過ごしてきた。
 はたして、それはどれほどのことなのか? 不老不死に近いから幸福なのか、それとも不幸なのか。
 ……俺には分からない……。
 エイラもまた、師匠の言葉に、


「…………っ」


 とショックを受けていたようだった。
 数秒の沈黙が下りる。……が、師匠は辛さを感じさせないような、あっけらかんとした様子で。


「なんだいなんだい、そこまでシリアスになることじゃないよ。その気になればできないことじゃないし」
「え、そうなのか?」
「まあ、そのときはこの『時』の『力』を永久的に捨てることになるだろうけどね」
「「…………」」
「まあそんときはそんときってことで。それはともかく、そのトウカって女の子のこと、気になるねえ。わたしに似てるなんてさ」
「あれ? トウカが女だってこと、よく分かったな」
「はあ? そんなの、名前を聞けば……、…………」


 そこでなぜか師匠は言葉を切った。


「どうした?」
「……あー、いや、なんでもないよ」


 なんか歯切れが悪いな。
 と、エイラが師匠に尋ねる。


「もしかして、お師匠さまって東の国の生まれなんですか? それなら似てるでしょうし」
「…………、うんにゃ、わたしはその東の国の生まれじゃないよ」
「そうですか……ってことは、ただの他人の空似ってことですかね……」


 まあ、そうなるだろうな。こんな偶然ってあるんだな。
 つーか。


「つーか、師匠、この国にいたんなら、この前の戦争のときに俺達のところに来てくれてればよかっただろ。俺がミストルテインとか大規模な光魔法を使ってたの分かってただろうし、少なくともこの国に攻め入ってたフリート達には気付いてたんだろ?」
「めんどい」
「……めんどいって……」


 師匠は食器からパンを取って、もぐもぐしながら。


「戦争とか、この国がどうなろうが、わたしにはどーでもいーね。あれくらいの戦争なんて、いままで何千何万って見てきたし」
「この国の人間とか、あと俺が死んだらどうするんだよ」
「……いやらしい質問をするようになったねえ。もちろん、目の前で死にそうになってる奴がいたら、できる限り助けるつもりだけどさ。遠い場所にいる見知らぬ他人のことまで面倒は見きれないよ。わたしだって一人の人間なんだ。こんなちっぽけな身体と手でできることなんて、たかが知れてる」
「二十歳くらいになればいいだろ」
「あのなあ、そういうことじゃないんだよ」


 師匠は少し呆れたような顔をしたあと。


「それと、シャイナ、きみの心配なら、はなからしてないよ。きみに戦いや生き抜くためのイロハを教えたのはわたしだし、それにきみには光魔がついてるからね」
「…………」
「きみは光魔に気に入られてるから、よほどのことがない限りは大丈夫さ。魔導士のくせにミストルテインなんていう、ふざけた魔法を与えられてるし。……まあ、あくまできみは大丈夫、という意味で、だけど」
「…………」


 なぜ光魔に気に入られたのか? その理由は自分自身分からない。ただ分かっていることは、本来魔導士程度の契約者に、ミストルテインなどという神殺しの力は持てない、ということだ。


「まあさ、真面目な話もいいけど、久しぶりにあったことだし、今日はたっぷり楽しい話でもしようよ。そうだエイラ、昔の話を聞きたくはないかい? シャイナがまだ生意気なくそがきだった頃の。いまでも生意気だけどさ」
「…………、ぜひっ!」


 食いつくなよ! あといまはもう生意気じゃねえぞ……たぶん……。


「それじゃあ話そうか。そう、あれはいまから……」


 師匠は昔の思い出話を語り始める。
 なにが面白いのか、エイラはそれを目を輝かせながら聞いていて……俺はというと、よく覚えているなと呆れたり、そんなことまで話すなと恥ずかしかったり、もうそれはいいだろとツッコんだり……いろいろと大変だった。
 そんな会話は夜まで続き、結局その日は師匠のすすめもあって、森のなかに作ったという丸太小屋のなかで一晩を過ごすことになった。



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