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第二部 炎魔の座

第五話 また会えたらいいね

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「トリン……っ⁉」


 トリンがいきなり空から降ってきたことには驚いたが、だからといって、もはやライトニングブラストは放出寸前の状態になってしまっている。やめろと言われても、急にやめることは出来なかった。


「……っ……くそっ……⁉」


 いま撃てば、トリンに直撃してしまう。彼女の実力なら死ぬことはないかもしれないし、エイラもいるから治せるだろうが……慌てて右手およびそこに展開されていた魔法陣を横に動かして、光のエネルギー波の軌道をずらそうとする。
 時間的に完全にずらすことは出来ず、しかしそれでもなんとかトリンには当たらない軌道にすることは出来た。ライトニングブラストが彼女のそばを通り過ぎ、その背後にいたサンドワームの巨体の一部に命中しようとしたとき。


「わああああっ⁉ 当たっちゃうぅー⁉」


 焦った様子のトリンが慌ててサンドワームのほうに手をかざして、縛魔法と思われるクモの巣のような網目の入った魔法陣を展開する。


「『ウェブウォール』!」


 光のエネルギー波とサンドワームの間に紙のように極薄の壁が現れて、エネルギー波が当たると同時にわずかに向きを傾かせると、その軌道を斜め上の上空へとそらしていった。
 どこかの小惑星にでも当たったのかもしれない、ライトニングブラストが消えていった空の彼方でキラリと小さな光が瞬く。それとほとんど同時にトリンが地面に下り立って、両手を両膝につけながら。


「間に合ったぁーっ……なんとかギリギリぃーっ……」


 心底から疲れたようにしながら、深い安堵の息を吐いた。
 またトリンの姿を確認したらしいサンドワームが、グロテスクに開けていた口を閉じて、さっきまでの威圧はどこへやら、大人しく地面に横たわる。
 ……目や耳がないように見えるのに、どうやってトリンのことを認識しているんだ……? まあそれはともかく……。
 それから。
 トリンは額に浮かんでいた冷や汗を拭ってから、自分がここに来たことやサンドワームを守ったことの説明を始めた。
 それによると、このサンドワームはフリートが使役した魔物の一体であり、つまるところトリン達の仲間とのことで。だから戦争時にはぐれてしまった彼らを、現在探し出して連れ帰っているらしい。
 サンドワームを守ったのも、ひとえに自分の仲間だから守ったのだ。


「…………、そう言われてもな……こいつ、俺達に襲いかかってきやがったぞ」


 だからこそ、身を守るために反撃したのだが。
 トリンは決まり悪そうにサンドワームのほうをチラ見しながら。


「えーっとね、この子、周りの魔力を察知することが出来て、それでたぶん、シャイナ達が自分を討伐しに来たと思ったんだと思う。シャイナの魔力はめちゃくちゃ強力だし……」
「…………討伐しに来たことは確かだがな……」


 トリンの弁明にエイラも口を挟む。またサンドワームが襲いかかってくるかもしれないと不安なのだろう、エイラは俺の背中に隠れるようにして、俺の服を指の先でつまんでいる。


「でもでも、このサンドワームだって、いままでにもう誰かを襲っているかもしれないし。討伐しようとするのは当たり前だと思うけど」
「そ、それはその、大丈夫だと思うよ。あの戦争のときに、ヨナからみんなに『誰も殺さないように』って言われてたから」


 そういえば、フリートも皮肉混じりにそんなことを言っていたな。決着の戦いに、遺恨を残さないようにするためだとかなんとか。
 しかしエイラはいまだ信じられないように。


「そんなこと言われても、はいそうですか、って信じられると思う? もしかしたら、その忠告を破って、誰か殺してるかも……わたし達にだって襲いかかってきたんだし……っ」
「……そ、それは……」


 少なくとも、戦争時に帝国側に死者が出なかったことは確かだ。しかしエイラの言うことももっともで、戦争が終わったあとでも誰も殺していないとは限らないだろう。
 トリンが返答に窮していたとき、不意に彼女のそばの空間に長方形の枠が現れる。通信魔法によるウィンドウだ。
 そこに映ったのは、相変わらず表情に乏しい顔をしたヨナだった。


『その心配なら必要ありません。私の探知魔法で調べたところ、戦争が終わってからいままでに、私達の仲間による死者は出ていません。そのサンドワームがあなた達を襲ったのも、あくまで追い返すためであり、殺すつもりではなかったのでしょう』
「うおっ、いきなり出てくんなよ! しかも話も聞いてたのかよ⁉」
『まあ、あなたにあの光魔法を撃たれて、少しだけ頭に血が上ってしまったようですが』
「無視かよ!」


 どうやらヨナの探知魔法は相当な高レベルなものらしい。
 エイラがヨナに言う。


「でもヨナさん、それだってあなたが言ってるだけで……」
『…………』


 ヨナはエイラを見つめて少しだけ口を閉ざしたあと。


『これに関しては、信じてもらうしかありません。一応、そちら側のギルドや新聞社などに確認を取れば、死者が出たような被害は報告されてないと分かるはずです』
「…………」


 無言でヨナを見つめるエイラに代わって、ヨナに言う。


「……一応、あとで確認しておこう」
『そうしてください』
「だが、もし誰か死んでいた場合は……」
『……、そのときは、こちらで処断を下します。私の命令に背いたわけですから』


 厳しさを含んだヨナの声音に、地面に横たわっていたサンドワームの身体がブルブルと震える。その揺れが地面を伝わって、小さな地震のように伝わってくる。
 つーか、だから耳がないのに聞こえてるのかよ? まさかそれも魔力を探知したとかか? ウィンドウの向こうのヨナの。


「わ、わ、落ち着いてよっ。誰も殺してなければなにもしないからっ」


 慌ててトリンがサンドワームをなだめるなか、俺はヨナに言う。


「…………、おまえって、案外怖いとこあるよな」
『その言葉は失礼だと思いますが、褒め言葉として受け取っておきましょう。私は私の正義を通しているだけなので』
「…………」


 そして、サンドワームをなだめ終えたトリンへと、ヨナが声をかける。


『それでは、トリン、誤解も解けたようですので、サンドワームを連れて帰還してください。まだはぐれた仲間はいますので、彼らも迎えに行かないと』
「うん。そうだね」


 トリンがサンドワームに向いて。


「それじゃあ、帰るから、身体小さくして。あたしの肩に乗るくらいに」


 サンドワームがうなずくようにわずかに頭(?)を動かして、その身体が淡い光に包まれていく。
 普通のミミズのように小さくなったそいつを、トリンが魔力糸で拾い上げて、自分の肩に乗せる。それからこちらに向き直ると。


「それじゃね、シャイナとシャイナの仲間の美人さん。また会えたらいいね」


 そう手を振りながら、ヨナが寄越したのだろう転移の影魔法のなかに消えていった。


「…………」
「…………」


 つーか、あのミミズヤロー、自分の身体のサイズを変えられたのかよ。


『それでは、私も失礼させていただきます』


 転移の影魔法とヨナを映していたウィンドウが完全に消えてから、エイラと顔を見合わせる。


「…………俺達も帰るか……」
「…………うん……」


 とりあえず、サンドワームの脅威はなくなったわけだし。



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