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第二部 炎魔の座
第一話 とんてんかん、とんてんかん
しおりを挟むとんてんかん、とんてんかん……木の板に釘を打ち付ける音が、昼間の孤児院に鳴り響いている。
「おーい、シャイナ。材料の木の板と釘はここに置いといていいか?」
「ああ、ルナ、ありがとう」
場所は孤児院の敷地内。ルナから直接頼まれて、数日前に壊してしまった孤児院の壁を修繕しているところだった。
「すまないな、シャイナ、こんなことを頼んでしまって。ヨナの影魔法から逃げるためとはいえ、壊したのはわたしなのに」
「気にすんな。そんなことより、俺で良かったのか? こういうのって、ちゃんとした大工に頼んだほうがいいんじゃあ?」
「いや、それがな、恥ずかしいことに大工を頼むお金がなかったんだ。穴が大きかったというのもあるが、孤児院の運営的にもな……」
「そうか……」
だからこそ、ルナは魔法剣士としてギルドに登録し、方々の場所で魔物の討伐など様々なクエストをこなしている。
「だ、だが、心配しないでくれ! 時間は掛かると思うが、シャイナへの報酬は必ずするから! なんならわたしの……」
依頼の報酬のことで慌てた様子のルナが何かを言おうとしたとき、不意にそばで声がした。
「へえー、わたしの、なんですか? ルナさん?」
身体の芯や周囲が凍りつくような、冷ややかな声音。表情筋を硬直させるルナともどもそちらに顔を向けると、そこには大きめの藤籠を手にしたエイラが立っていた。
エイラの顔にはニパーッという笑顔が張り付いていて、それを見たルナが頬からたらりと冷や汗を流す。
「なんだ、エイラか。どうした? 壁ならまだ直してないぞ。まあ直すっていっても、ほとんど応急処置みたいなもんだけど。手伝ってくれるのか?」
「うん、それもあるけど、はい、そろそろお昼でしょ。サンドイッチを持ってきたの」
エイラがはにかみながら藤籠を胸の前に上げる。
「おお、サンキュ。ちょうど腹が減ってきてたところなんだよ」
「良かった。シャイナ好みの具材にしたから、いっぱい食べてね。それで、なんだけど……」
そこでエイラはルナのほうを見て。
「それでさっきの話ですけど、わたしの、なんですか?」
「あ、いや、その、そうだっ、まだまだ修復の材料がいるだろうから、いま取ってくるからなっ」
エイラの質問から逃げるようにして、ルナは慌ててその場から走り去っていってしまう。
「どうしたんだ、あいつ?」
「……逃げられちゃった」
ルナの後ろ姿を見ながら首を傾げると、エイラもまた小さくつぶやいていた。
フリートとの戦いから数日が経過し、いま帝国領内の各地では、その爪跡を直すための復興作業が進んでいた。
ギルドのクエストにもそれ関連のものが多数依頼されており、日銭を稼ぐためにもエイラとともに各地の復興を手伝っているところだった。
「わたしはシャイナと一緒にいられるなら、どんなクエストでもいいからねー」
「はいはい」
「もおー」
サンドイッチを頬張りながら、エイラの言葉を適当に聞き流す。
怪我を治すことはエイラ自身の修行につながるため、ずっと怪我ばっかりしている危なっかしい奴と一緒にいるほうが効率がいいということだった。
つまり、おまえはそういう奴だと言っているのと同じことでもあり……そりゃあ、複雑な気持ちにもなる。
「そーいえば、騎士団や魔導士団のみんなも復興を手伝ってるみたいだよ」
「まあ、そりゃそうだわな」
帝国に所属する騎士団や魔導士団であれば、復興を率先しておこなうのは半ば当たり前のことだろう。それはつまり、見知った顔ともときどき出くわすということでもあり……。
「……サムソンは、騎士団でうまくやってるみたいだったな……」
「…………」
つぶやくが、エイラは思うところありそうに口を閉ざしていた。
瞬身斬を始めとして、サムソンの剣技は騎士団にはないものらしい。それを教え、また騎士団での剣術を学ぶために、あいつは騎士団に所属することを選んだ。
指導者であるとともに、学ぶ者でもある……騎士団においては特殊な立場だろうが、それでもみんなに受け入れられて、日々を過ごしているようだ。
エイラが口を開く。
「……トウカはいまごろどこにいるのかな? もう東の国に着いたかな?」
「さすがに早すぎるだろ。転移魔法を使ったのならまだしも、歩いて向かうみたいだったし。そもそもトウカは魔法を使えないし」
「まだ帝国のどこかにいるかもね。近くの街とか村とか……もしかしたらクエストをやってたら、トウカとも会うことがあるかも」
「かもな」
互いに鍛練し、実力を上げる。そして一年後に再会し、再度パーティーを結成する……。
そういう理由で別れたのはまだ数日前だというのに、どこか懐かしい気分になるのは不思議だった。
そうしてエイラと昼メシを食いながら話していると、向こうのほうから小さな影が二つ駆け寄ってくる。
「シャイナ見ーけっ」
「サンドイッチ食べてるーっ」
この孤児院に住んでいるルドとチルだった。確か、男の子がルドで、女の子がチルだっけか?
「女と食ってるっ。デートだっ、デートっ」
「あーっ、うわきってやつだーっ! ルナに言いつけちゃうからーっ」
どうしてそうなる。
そう思ったのはエイラも同様だったようで、やってきた二人に言い聞かせるように。
「違うよー。わたしはシャイナの正式なパートナーだよー。浮気じゃなくて本気だよー」
にこやかに笑いながらそうのたまった。
「おい! だから誤解を招くようなことを言うな! 浮気とか本気とか、そんな話でもないだろ!」
「ひどいっ。シャイナとわたしは旅のパートナーだと思ってたのにっ。わたしは使い捨ての回復役だったんだねっ」
「パートナーってそっちの話かよ! 言い方がいちいち紛らわしいんだよ!」
「そうやっていつも周りを振り回すなんてっ。シャイナの分からず屋っ」
「いつも俺を振り回しているおまえが言うな! ああもう面倒くせえ!」
目元を覆っておいおいと泣く振りをするエイラを見て、ルドとチルが指を差してくる。
「泣かしたーっ」
「女の子を泣かすやつはひどいやつだって、ルナが言ってたーっ」
ひでー言われようだな……。
どうしてこうなるんだ……。なんだか疲れた気分になって、がくりと肩を落としてしまう。
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