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第一部 始まりの物語
第八十一話 いいから早く離れろ!
しおりを挟む「みんな、いつの間に……⁉」
振り返りながら驚きの声を出すと、みんなを代表するようにウィズが答えてくる。
「ついさっきだ。気が付いたらここに戻っていた」
彼女の言葉に続けるように、フリートが立ち上がりながら言ってきた。
「ヨナが解放したのだろう。我輩とシャイナの戦いに決着がついたのを知ってな」
ヨナは遠方と通信できる魔法が使える。それと同じように、離れた場所を見る魔法も使えるのだろう。それらも影魔法の一端なのかは分からないが、便利な力だな。
そしてフリートのそばの空間に黒い影のような楕円形が出現し、そこからヨナが姿を見せた。サムソン達と戦っていたはずなのに、その激戦の疲労を感じさせることもなく相変わらず無表情で、彼女はフリートの姿を認めると、静かな口調で声を掛ける。
「……行きましょうか、フリート様」
「……ああ」
背を向けようとする奴に。
「待て、どこに行くつもりだ」
「……戻るのさ、我輩がいた場所にな」
「素直に逃がすと思うのか?」
「……。……今回は我輩の敗北を認めてやろう。だが次に会う時は必ず貴様に勝つ、シャイナ」
そう答えると、ヨナの影魔法による空間転移の中へと歩んでいく。
次元の亀裂のような影のそばに佇むヨナがこちらを見つめながら口を開いた。
「……炎魔法が使えなくなり、フリート様はいままでの力のほとんどを失いました。加えて、いまは新たな目的を持ったようです」
眩しいものでも見るかのように、少しだけ目を細めるようにして。
「……この国を手中に収めるのは、もうしばらく先のことになるでしょう。少なくとも、シャイナ様が生きている間は」
「……その言葉を信じろっていうのか」
ヨナは、ふっ、と口元に微笑をこぼす。
「……信じるも信じないも、嫌ならまたあなたが勝てばよい……そうは思いませんか?」
「ふざけてんのか?」
「いいえ」
答えるとともに、軋むようにして影が閉じてヨナ達の姿が完全に見えなくなる。
すぐさまウィズのほうに首を向けて。
「ウィズ」
呼び掛けるが、彼女はかぶりを振った。
「……すまない。閉じ込められた空間で湧いてきた魔物の群れとの戦闘や、先の巨大な怪物への一撃で魔力を使い果たしてしまって、追いかけられそうにない。私以外の魔導士団員は追跡できるほど高度な転移魔法を使えないし……」
「……くそ……っ」
見逃すしかないってことか……少なくともいまは……。
複雑な顔を浮かべると、背中をドンッと叩かれる。
「いたっ」
「なーに辛気くさい顔してやがる」
振り返ると、リダエルだった。
「追い払っただけでも勲章もんだ。なんせ俺達だけだったら手も足も出なかったんだからな。あの女も言ってたが、また来たら勝てばいいだけの話だしな」
リダエルは両腕を組んで。
「まあ、それを負けっぱなしの俺達が言うなって話でもあるが。今回はシャイナにばかり負担を掛けてしまったからな。これからは俺達ももっと訓練して、もっと強くなって、おまえと肩を並べて戦えるように励むつもりだ。なあ、みんな!」
リダエルが声を掛けると、みんなが力強くうなずく。
「よし。そうとなれば早速祝勝会だ!」
拳を上げながらリダエルが言うと、わあーっ! と歓声を上げてみんなが駆け寄ってくる。胴上げでもしてきそうな勢いに、やれやれとウィズが首を振った。
「……その前にやるべきことがいくつもあると思うがな。戦いが終わったことを各地に報告したり、怪我人の手当てをしたり……」
「もちろん、それらが一段落したあとのことさ」
ニッとリダエルが笑みを浮かべる。
そのとき、頭上に空間転移の穴が開いて、エイラが両手を広げながら降ってきた。
「シャイナああああっ!」
「うおわっ⁉」
覆い被さるように押し倒してくる。
「どこから出てきてやがる⁉」
「良かったよおおっ! わたし達勝ったんだよおおっ!」
「分かったから早くどけっ!」
ウィズとリダエルのそばにも転移の穴が開いて、そこからはサムソンとトウカが姿を現した。トウカが愚痴をこぼすように。
「やれやれ、エイラにも困ったものだな。一も二もなく先に行ってしまうんだから。サムソンがいたから良かったけど、魔法が使えないあたしだけだったら、歩いて帰る羽目になったじゃないか」
サムソンはというと、サッと周囲に視線を走らせたあと、ウィズとリダエルに尋ねる。
「フリート達は?」
二人は首を横に振って、ウィズが答える。
「残念ながら逃がしてしまった。魔力も使い果たして追いかけられなくてな」
「この転移の指輪では?」
「それも無理だ。その指輪は指定した範囲内の場所にしか転移出来ない。いわばいままで行った場所に戻るための魔法具だ」
「……そうですか……」
あいつらがそんなことを話している間も、感極まったエイラが自分の頭を胸板にぐりぐりと押し付けてきていた。みんなもびっくりしながらその様子を見ていたり、エマに至ってはムフフとニヤニヤ笑いを浮かべていやがる。
「シャイナああああっ!」
「いいから早く離れろ!」
激戦の跡地に、声だけが響いていた。
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