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第一部 始まりの物語
第七十二話 みんなっ! 死ぬんじゃねえぞ!
しおりを挟むヨナの姿を見た眼帯野郎が焦りを滲ませた表情を浮かべる。
「ヨ、ヨナ、どうしててめえがここに……っ⁉」
「嫌な予感がしたものですから。トリンがシャイナ様と戦うということにではなく、あなたと一緒にいるということに」
ヨナはちらりとこちらに視線を向けたあと、再び眼帯野郎のほうを見る。
「それは当たったようですね。来て正解でした」
「グ……ッ!」
ヨナに睨まれて、眼帯野郎は見るからにひるみ、動揺していた。その眼帯野郎へと、抑えきれない憤怒の瞳を向けながらヨナが言う。
「覚悟は出来ていますね。トリンを殺そうとした罪、その身をもって償ってもらいます」
「グ……グ……クソガアッ! 殺れるもんなら殺って……!」
やつが言い終わるより早く、その身体が影の球体に飲み込まれて、声が聞こえなくなる。一瞬後、影の球体が泡のように崩れて消えたとき、クズ野郎の姿はもうそこにはなかった。
「あのような者の声なんて、二度と聞きたくありませんね」
憤怒の色を消し、代わりに憐れみに似た声で彼女がつぶやく。
……今度はヨナと戦うことになるかもしれない……。警戒の構えをしながら、俺は彼女に声をかけた。
「……殺したのか?」
「…………。あのような者も殺さずにいる、あなたのような方が珍しいのですよ」
「……」
褒め言葉か、それとも貶し言葉か。
「……反省はしてる。もう少しでトリンが殺されちまうところだったからな」
「不殺を貫くのなら、せめて拘束はするべきですね」
「……ああ、そうだな……」
ヨナは抱き上げているトリンに視線を落とす。トリンは意識を失っているらしく、眠るように目を閉じていて、それを見たヨナは安堵するようにほっと小さな息をついた。
「けれども、何はともあれトリンを助けられて良かったです」
そんな彼女に俺は尋ねていた。
「……。トリンを殺そうとするやつは許さないってことは、俺とも戦うってことか?」
眼帯野郎の転移無効化の結界が解除された以上、すぐにでも帝都に向かいたいところで……そこでフリートと対峙しなくちゃいけないというのに、正直なところ魔力量的にも体力的にも、いまヨナと戦っている余裕はないだろう。
だがそれでも……彼女が向かってくるのなら……。
ヨナは俺へと視線を上げると、一刹那、じっと見つめて。
「……トリンがあなたと戦ったのは、トリン自身の意志です。であるならば、その結果も彼女の責任ということになります」
「……? つまり、どういうことだ?」
「端的に言えば、私がいまあなたと戦う理由はないということです」
俺との戦いで負ったトリンの怪我も、それで死にそうになったとしても、それは全てトリン自身の意志でそうなったのであって、責任もまた彼女自身にある。
そうである以上、そのことに関してヨナは口を挟む気はない……そう言いたいらしい。
「だが、ゾキは処罰したよな?」
「あれはゾキの逆恨みに近かったからです」
ようやく俺たちの様子に気付いたらしいサムソンたちに、ヨナはちらりと視線を向けて。
「むしろ彼らの精神支配が不充分だった点で言えば、ゾキの手落ち、実力不足とも言えます。その責任をトリンになすりつけたのですから」
だから、ゾキは処罰した。
「……なんか、おまえのさじ加減な気もするがな」
「そう仰るのなら、戦いましょうか?」
「……」
少し黙ったあと、俺は話題を転じた。
「というか、見てたんだな。俺たちのこと」
「最後の方だけ、それも遠くからです。いままではゾキの結界のせいで、ここに転移できませんでしたので。それに、帝都の方はフリート様が一人いれば充分ですから」
ヨナの口振りから察するに、フリートは既に帝都に進攻しているらしい。こちらに来ていないのだから、当然といえば当然だが。
「俺と戦う理由はないって言ったな。それは、俺がやつの元へ向かうのを見逃すということか?」
フリートの目的がこの国の支配であり、ヨナがその手助けをしている以上、俺という存在は邪魔でしかないはずだ。
だがヨナは。
「……どうやら、フリート様の第一の目的は、あなたとの決着に変わってしまったようですから……」
「……なに……?」
凜然とした雰囲気と視線を向けてそう言ってくるヨナに、俺は疑問符を浮かべる。
彼女のその佇まいには、どこか残念なような、それでいてなにかにかすかな期待を抱いているような……そんな、言葉にするのが非常に難しい、微妙なニュアンスが含まれていた……ような気がした。
どういうことなのかと問いを重ねようとしたとき。
「シャイナ……っ!」
エイラが声をかけてきて、それとともに三人がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
ヨナが三人へと視線を向ける。
「……シャドーリング」
そうつぶやくと、三人が身に付けていた転移の指輪が、それと同程度の大きさの影のリングに覆われて、バリンッと指輪が壊れた音がした。
……あれは……トリンの首を絞めていた、ゾキのサイハンドとかいう魔法を破壊したのと同じ魔法か……⁉
「きゃっ⁉」
「なんだいまのは……⁉」
「これは……魔法具を破壊する魔法か⁉」
詰問するような鋭い視線を向けてくるサムソンに、ヨナが冷静に返す。
「……フリート様とシャイナ様の決着を邪魔するわけにはいきませんので。あなた達の相手は私が致します」
そう宣言するヨナに、俺が。
「おい、みんなと戦うんなら、俺も黙って見ているわけ……!」
ないだろ! そう言おうとしたとき、トウカが俺に言ってきた。
「シャイナ! 理由はよく分からないけど、君は早く帝都に行くんだ! 彼女の相手はあたしたちがするから!」
サムソンも鋭い表情をしながら。
「ふん。シャイナ、君の助けなんか借りなくても、こんな敵の一人くらい簡単に片付けられる。君は君のやるべきことをしろ!」
胸の前で杖を強く握りしめながら、エイラも。
「シャイナっ、わたしたちなら大丈夫だからっ! 全部終わって、シャイナが帰ってきたら、お祝いのパーティーしよっ! ディアさんやウィズさんやリダエルさんや、みんなと一緒にっ!」
最後に、敵であるはずのヨナが俺に顔を向けて、凜として言ってくる。
「……だそうです。そういうことなので、あなたは早くフリート様の元へ向かって下さい。行かないのなら、強制的に転移させますよ」
「……。……分かったよ」
俺はみんなに言う。
「みんなっ! 死ぬんじゃねえぞ!」
「うんっ!」
「分かってるって!」
「ふん……!」
エイラは笑顔で手を振りながら。
トウカは身体の前で拳を握りしめながら。
サムソンは不機嫌そうにそっぽを向きながら。
三人のそれぞれの反応を見てから……俺は自分の指輪に魔力を込める。
視界が淡い光に包まれるなか、ヨナが抱き上げていたトリンを影で覆っていく。
「この子は安全な場所に避難させておかないといけませんので」
影とともにトリンの姿が消える。それからヨナは三人のほうに向きながら。
「それではシャイナ様。私が言えた義理ではないかもしれませんが、全力でフリート様と戦って下さい。それならば、どのような結果になろうとも、受け入れられるでしょう」
受け入れられる……それは誰に向けた言葉なのか。
自分か、俺にか、俺の仲間にか、それとも……フリートに対してなのか。
「……それでは参りましょう、お三方。私はヨナ。影魔を導く者です」
「名乗りを上げるのなら、僕も名乗ろう。僕はサムソン。『勇気ある者たちの集い』のリーダーだ!」
「あたしはトウカ。同じく『勇気ある者たちの集い』のメンバーで、東の国の武闘家をやっている」
「わたしはエイラ。みんなと同じパーティーのヒーラーです……!」
サムソン、トウカ、エイラ、ヨナ……四人が対峙するのを見つめながら……。
そして、俺の視界は完全に転移の光に包まれていった。
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