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第一部 始まりの物語
第六十九話 大人しく寝てやがれ
しおりを挟む「……エイラ……」
彼女が泣いている。心をなくし、操られているはずの彼女が。
そのとき背後から衝撃音が鳴り響いた。見ると、光の結界の一部が粉々に砕け散っていて、そこからサムソンとトウカが足を踏み入れていた。
結界が薄くなり消えていくなか、二人がこちらへと迫ってくる。
「……二人にも謝らなくちゃな……ごめん、サムソン、トウカ……」
サムソンが持つ剣に火炎が宿り、トウカの両拳に気功がまとわれる。
「サムソン。どうして俺がランクを上げようとしないのか、怒ってたよな。……見ちまったんだよ、俺。ランク昇級の試験官が不正をしているところを」
間近に迫り、俺へと剣を振り上げていたサムソンと、拳をたたきつけようとしていたトウカの動きがピタリと止まった。
「金持ちの冒険者から望みの金品を受け取って、そいつとその仲間を試験に合格させようとしていたんだ。それを見て、俺はそいつらをボコボコにしちまって……それ以来、このランク制度とかいうのに疑問を持っちまったんだ」
以前からサムソンに問われていた答えが、これだった。
「おまえたちには、特にサムソンには話せなかった。人一倍、向上心があって、努力し続けているおまえたちには」
サムソンとトウカの光のない瞳が一瞬、鋭くなった……気がした。
「それと、トウカ、ありがとう。俺がパーティーを離れたあと、バラバラになりそうになっていたみんなを、なんとかつなぎ止めていてくれたんだよな。エイラがボロボロにならないように、見守っていてくれたんだよな」
サムソン、トウカ、エイラ……三人にそれぞれ顔を向けて、言う。
「みんな、ごめん。みんなの気持ちに気付いてやれなくて。……みんなは、俺にとって、かけがえのない大切な仲間だ」
時間が止まったような、一瞬の静寂。
なんの動きも言葉もないその瞬間のあと、サムソンが振り上げていた剣を俺の右横の地面に、トウカが気功をまとった拳を左横の地面にたたきつけた。
……いまさらそれを言うのかシャイナ……!
……いくらなんでも遅すぎると思うぞシャイナ……!
空耳だろう。サムソンとトウカのそんな文句が聞こえてきた気がした。
向こうのほうで、かすかな焦りを含んだクズの怒鳴り声がする。
「何やってやがるトリン! いまので殺せてただろうが!」
「……あのヒーラーと同じだよ……二人とも、あたしの操作も命令も受け付けてない……」
「ふざけてんじゃねえ! そんなことある訳ねえだろうが! 俺様の精神支配に逆らえるはずが、自力で廃人化を解けるはずがねえ!」
「……」
苛立ちを滲ませて、クズが周囲の魔物どもに命令する。
「殺れ、おまえら! 使えねえ奴らは皆殺しにしろ!」
スライム。サイクロプス。ケルベロスにオルトロス。ミノタウロスにケンタウロス。その他大勢の魔物の群れが一斉にこちらに襲いかかってくる。
サムソンたちは応戦しようとせず、武器や腕をだらりと下ろして、首をうなだれさせている。
三人はまだ意識を取り戻したわけじゃない。だが、俺の声に全く無反応というわけでもない。
おそらくは、心の奥の奥、潜在的な部分でゾキとトリンの支配に抗っているんだ。
そんなみんなを、見捨てることなんかできるわけがない。
「ディヴァイングレイヴ」
魔法を唱えると同時に、周囲の全ての魔物の身体を、眩く輝く光の十字架が貫いていく。
「何だと⁉」
クズが声を上げ、大きな地響きを轟かせながら魔物たちが倒れていく。
「少しだけ待っていてくれ、みんな。いま、やつを倒して解放するから」
クズのほうへと歩を進めながら、俺は三人を守る光の結界を張り巡らす。頭から流れる血のせいで少しだけ視界が悪いが、やつを倒すことにはあまり影響はないだろう。
「クソがッ! トリン! あいつを攻撃しろ! 殺すんだ!」
「……」
ちらりとクズを見たトリンが、再び俺に向く。
「……チェーンウェブ」
俺の周囲に幾本もの魔力の鎖が現れて、まるでクモの巣のように俺の身体にまとわりつき、縛り上げていく。
しかし。
「サテライトブレイズ」
四本の光の刃を浮かび上がらせて、先程のようにそれらの鎖を断ち切っていった。
「クソがッ、もっとちゃんとやれトリン! 俺様を守りやがれ!」
「……いまはあの三人の操作に魔力を使ってるからね。あいつら、結構強いから消費魔力も多いんだよ」
「言い訳すんじゃねえ! フリート様の目的が果たせなくてもいいのか!」
「……そんなに言うんなら、ゾキが自分で何とかしなよ。あんただって幹部の一人でしょ」
「……っ……⁉」
クズが俺に向く。眼帯のせいで、その瞳自体にいまどんな感情の色が宿っているかは定かではないが……。
「クソがあッ!」
ヤケクソのような怒鳴り声を張り上げて、クズが俺へと手をかざした。
「マインドハッキン……」
やつが魔法を唱え終える前に、四本の光の刃でその両腕を攻撃する。
「グウッ⁉」
魔法陣の展開が阻害され、よろめくやつへと、俺は地面を蹴って一瞬にして距離を詰める。
「殺しはしねえ、腕も切断まではしねえ。だが、大人しく寝てやがれ」
淡い光をまとわせた拳を握りしめ、やつの顔面に渾身の一撃を振り抜いた。
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