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第一部 始まりの物語
第六十八話 ごめん
しおりを挟む耳障りな言葉を発する眼帯野郎を俺が睨むなか、周囲に張った光の結界をサムソンとトウカが壊そうとする音が響き渡る。
強い二人の攻撃を受け続ければ、いかに光の結界といえども破壊されるのは時間の問題だろう。いまの二人はエイラの魔法で強化されているから、なおのこと。
「……チッ……」
小さく舌打ちする。
サムソンたちを攻撃して無力化する……いや、ヒーラーのエイラがいる以上、中途半端なダメージでは意味がなく、三人を無力化するというのなら、まず最初に彼女を無力化する必要がある。
だが、そもそもいまのエイラは正気を失っていて操られている状態だ。
おそらく意識がないと言えるであろうその状態の彼女を気絶させられるのか……できたとしても、トリンの操作によって気絶した状態でも戦ってくるのではないか……。
もし完全な無力化ができないとなれば、残された手段は……殺害しかない。
「……くそったれ……!」
俺にそれをしろ、と?
ライトブレイドを振り下ろすことさえできなかった俺に?
「ククク、そうするしかねえんじゃねえの? トリンは死体でも操れるが、さすがに魔法や固有能力は使えなくなるからなあ、ククク」
唆すように眼帯野郎が言ってくる。
エイラを殺せば、回復や補助の魔法は使えなくなり、いまサムソンたちに掛かっているそれらも効力がなくなるだろう。二人との戦いにおいて有利に働くことは間違いない。
エイラの命と引き換えにして。
「殺そうが殺すまいが、それはおまえの勝手だぜえ。だがまあ殺した方が楽だろうがなあ、ククク」
惑わすようにやつが言ってくる。
俺の目の前にいるエイラが、もう一度、持っている杖を振り上げた。
並みのヒーラーがそうであるように、エイラは腕力などの筋力はあまり強くなく、物理的な攻撃や近接戦は苦手だ。
だから、回避は容易いし、反撃も、しようとすれば簡単にできる。
だが俺はそれらをせずに、頭を打とうとする杖を左腕で防御する。
「ぐう……っ」
打撲の痛みが走る。なんとか骨は折れていないが、おそらくでかい青あざはできただろう。
「……エイラ……」
もう一度、呼び掛ける。
「……目を覚ませ、エイラ……おまえはあんなクズ野郎に屈するようなやつじゃないだろ」
聞こえているかは分からない。それでも呼び掛ける。
「ククク、無駄無駄。そいつらの心はもう、おまえの声なんて聞こえてねえんだよ。それより殺せ。じゃねえとおまえが死ぬぜ、ククク」
クズが音を発している。
分かっている、これこそあのクズの策略だ。俺が死ねばそれで良し、俺がエイラたちを殺してもそれはそれで良し。どちらにしても、このフリートと帝国の戦いにおいて、こちら側の大きな痛手になる。
またエイラたちを殺すことによって、俺は心をすり減らし、弱めてしまうだろう。そうなってしまえば、いくら俺でもあのクズに廃人にされちまうだろう。
そしてもしいま俺がここから逃げれば、あのクズが三人になにをするか分からない。分かるのは、本当にどうしようもなく取り返しのつかないことになるということ。
つまり、どう転んだところで全てがクズの思う壺になる……そういう状況に陥っている。
……だからこそ……この状況を打破するために……あのクズの思い通りにさせないために……。
「……エイラ……」
三度目の杖を振りかぶる彼女に語りかける。
「……おまえらは大切な仲間だった……だからサムソンに出ていけと言われたとき、俺は素直に出ていったんだ」
杖を振り下ろそうとしていた彼女の動きがピタリと止まる。
「俺の光魔法がおまえらの邪魔をして、おまえらをピンチにするから……俺は、俺のせいでおまえらを傷付けたくなかったし、死なせたくもなかった」
数日前、夜の料理屋でトウカに尋ねられたこと。
……どうして素直にパーティーを出ていったのか、その俺の理由……。
あのときは忘れたと言って誤魔化した。気恥ずかしさもあったし、こんなこと本人たちに言うようなことじゃないと思ったから。
「たとえ聞こえていないとしても、いま言っとかないと、もう言えないかもしれないからな……だから、俺はパーティーを離れることに決めたんだ……それが三人のためだと思ったから」
離れた場所でクズが耳障りな声を上げた。
「トリン! 何してやがる! さっさとあの女にやつを殴らせろ!」
「……やってるよ。でも……動こうとしないんだ」
「何だと⁉」
「……信じられない……心をなくしているはずなのに、あたしの魔力糸に逆らえるなんて……」
こんなことは初めてなのか、トリンは本当に驚いているようだった。
光のない瞳で見つめてくるエイラをまっすぐに見つめ返して、俺は言う。
「だが……あんなクズに廃人にされちまうくらい、おまえらの心を弱らせちまうとは思わなかったんだ。……いまさらもう遅いかもしれないが……ごめん。もっとちゃんと話し合って、相談するべきだった……」
ツーっと、感情を失っているはずのエイラの瞳から、涙が頬を伝っていった。
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