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第一部 始まりの物語
第六十七話 ……俺の血……
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トリンは正体不明の力を持ち、俺と戦いたがっていた。だから、こちらに引き付けて、その力の正体を暴こうとした。
その作戦自体は成功し、トリンの力が不可視のワイヤーであること、彼女が縛魔の魔導士であることを突き止めることができた。
……が。
皮肉にもそれが裏目に出た。
「ククク」
例え心を読まれたとしても、相手が反応できないスピードで動けば問題ない。
瞬身斬を始めとしたサムソンの超スピードの剣技なら、それができる。サムソンならゾキに勝てる、そう判断して任せた。
しかし。
「失敗だったなあ、ククク。まあ、おまえが相手なら、おまえを廃人にするまでだがな」
くそっ!
「サムソン! トウカ! エイラ! 目を覚ませ! こんなやつにやられるようなおまえらじゃないだろ⁉」
もう一度呼び掛けるが、やはり反応は返ってこない。
「無駄だって言ってんだろ、ククク」
トリンの元へと歩みながらゾキが言う。
「おい、トリン、聞こえてんだろ? 俺の覗魔法は廃人にはできても操ることまではできねえ。それはおまえの役割だろうが」
「……」
トリンの力は縛魔法だ。相手を縛り、動けなくする。それを応用すれば、操り人形のように対象を操れるのだろう。
「おい、魔物共、おまえらもぼーっと突っ立ってねえで、あの光魔導士を攻撃しやがれ。フリート様の命令を忘れたのか?」
ゾキの言葉に、周囲にいた魔物たちが雄叫びを上げる。それぞれの武器を振りかざしながら俺へと突っ込んでくるそいつらを、
「チッ……!」
舌打ちをしながら対処していく。
ゾキの言いようから、この魔物たちは精神支配や操られているわけじゃなく、自らの意志で動いているらしい。
「フリート様のカリスマは低俗な知性しか持たねえ魔物共も仲間にできるんだよ、ククク。まあ、トリンがおまえと戦っている時は、邪魔が入らないように操っていたみたいだがな」
やつの言葉に、いま思い返せば、確かに俺がトリンと戦っている間は魔物たちの乱入がなかった。あれだけ動き回っていたのにもかかわらず、だ。
それもつまり、トリンが縛魔法を使って、俺との戦いに集中したかったということ。
「おいおいトリン、フリート様の目的を忘れたのか。醜い人間共に支配されているこの世界をリセットして、新たな理想郷を作り出す。おまえもそれに賛同して、ここにいるんだろうが」
「……」
彼女の元まで近付いたゾキが、その背後に回り、耳元でそっとつぶやくように言う。
「もうあんな思いはしたくないんだろ? あんな生活はしたくないんだろ? それとも、ヨナやフリート様に見捨てられたいのか?」
「……っ」
彼女が初めて動揺の気配を発散させる。
「そうだ、分かってんならそれでいいんだ。途中で廃人化が解けないように、俺もここにいるから、ちゃんとあの光魔導士をブッ潰すんだぜ、ククク」
背後でゾキが気持ち悪い笑いを浮かべるなか、トリンが一歩前に出て、魔物たちと戦っている俺へと手をかざす。
「……君達、シャイナを倒すんだ」
その言葉をトリガーとして、それまでうなだれて全く反応を示さなかったサムソンたちが顔を上げる。その瞳に光はなく、その表情に感情はない。
さながら、本当の人形のよう。
トウカが巨大な気功弾を撃ち放つ。
「くそっ!」
数多の魔物を巻き添えにしながら迫るそれをなんとか避けると、目の前にサムソンが迫っていて、たった一振りしただけで四つの炎の斬撃を飛ばしてくる。
「目を覚ませ、サムソン!」
手にライトブレイドを作り、四つの斬撃を打ち払いながら呼び掛けるが、依然、なんの反応も返ってこない。向けられるのは光をなくした瞳だけ。
なおもこちらへと駆けるサムソンとトウカに、淡い赤色の光がまとわれる。
アタックアップ。エイラが使う攻撃力を上げる魔法。ただでさえ強いサムソンたちがさらに強くなるということ。
「エイラ!」
呼び掛けるが、やはり同様に反応はない。
「くそっ……!」
俺はエイラへと駆ける。
敵のなかにヒーラーやサポーターがいる場合、そいつを真っ先に倒す必要がある。でなければ、ダメージを回復され、能力を強化され不利になるからだ。
「ククク、分かってるな、トリン?」
「……」
エイラは逃げようとしない。光の宿っていない目で、ただこちらを見てくるだけだ。
その彼女に光の刃を振り上げて……。
「ちくしょう……っ!」
下ろせなかった。
背後からはサムソンとトウカが迫ってきている。二人がこちらを攻撃しようとしている。
俺はすぐさま避けようとして……ダメだ! いま避けたら、動こうとしていないエイラに当たっちまう!
「ライトテリトリー!」
サムソンたちに振り返りながら手をかざし、俺とエイラの周囲に光の結界を張り巡らす。それによってサムソンたちの攻撃を防いだとき。
「うぐっ……⁉」
頭に衝撃が駆け巡る。よろめきながら後ろを見ると、エイラが持つ杖にわずかな血がついていた。
……俺の血……。彼女が杖を振りかぶり、俺を思いきり一切の躊躇なく殴ったらしい。
さっきエイラが正気だったときにかけてもらったガードアップが有効になっていれば、この程度で血を流すことはないだろうし、リジェネレーションですぐに回復するはずだった。
それが効いていない。おそらくエイラが正気を失ったから、俺にかけていたそれらの補助魔法が解除されたんだ。
「ククク、それでいいんだぜ。いくらあの光魔導士でも、かつての仲間と戦って心が弱らねえ筈がねえ。その弱った心の隙を突いて、あいつも廃人にしてやるぜ、カカカカカ!」
薄汚い本性を隠そうともせずに、眼帯野郎は虫酸が走る笑い声を上げた。
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