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第一部 始まりの物語
第六十話 さあ、始めるぞ!
しおりを挟むザッ、という一瞬のノイズ音のあと、ブレスレットにウィズからの通信が入る。
『こちら、ウィズ。三つの町に降り注いだ炎魔法を、いましがた相殺完了した。確かにシャイナの予測通り、それぞれの炎魔法の威力は抑えられていたようだ。……人間が死なない程度に』
先程、城の会議室で俺がみんなに言った予測はこうだ。
…………
「フリートはそれぞれの町の人間が死なない程度には、炎魔法の威力を抑えるはずだ」
「何故そう言い切れる?」
ウィズの疑問はもっともだ。
「逆に聞くが、戦場において厄介な存在はなんだと思う?」
「…………」
こっちを見据えたまま黙り込むウィズ。思案しているのか、それとも俺の真意を探っているのか。
彼女に代わって、サムソンが口を開く。
「そんなの、強大な敵だろう? 今回で言えば、フリートだ」
「……確かにそれも厄介だが……」
遠回しに否定するように、俺はトウカに目を向ける。意見を促されていることを察したトウカが口を開いた。
「……遠距離攻撃ができる者、か? 武闘家という冒険職柄、そういう者が敵にいると対応するのが厄介だからな。フリートは超遠距離攻撃もできるようだし」
「……確かに厄介だな」
「……どうやら、シャイナの言いたいこととは違うみたいだな」
「……まあな」
俺は今度はエイラを見る。それぞれの意見を聞くことを半ば予測していたのだろう、エイラはいつになく真剣に考えていたように言った。
「……どんな怪我もたちどころに治しちゃうような、優秀な回復役じゃない? わたしみたいな」
……微妙に最後に自慢が入ってたな。まあ、確かにエイラは優秀なヒーラーだけどさ。
「……惜しい、ってとこだな。"敵"にいたら、真っ先に倒さねえといけねえやつだし」
敵に回復役が残っている場合、どんなにそれ以外のやつにダメージを与えても、すぐさま回復させられて、それまでの攻撃が徒労に終わるからな。
そう。三人の意見自体は確かに厄介極まるものばかりだ。
"敵"、としては。
俺が発した問いの答えを導き出そうと、みんなが意見を述べている間ずっと考え込んでいたらしいディアさんが、なにかに気付いたらしいはっとした顔を上げる。
「もしかして……」
その口が言葉を紡ごうとしたとき、
「回りくどいことはやめて、さっさと言え、シャイナ! こうしている間にも、討伐予定時刻は迫っているんだぞ!」
いまにもテーブルに怒りの拳を振り下ろしかねない剣幕で、サムソンが怒鳴り声を上げた。俺はサムソンに向いて、
「落ち着け、サムソン。時間はまだある。おまえは確かに強いし良いやつだけど、少し感情的になるときがある。気を付けねえと、いつか敵に利用されるぞ」
もっとカルシウムを取れ、カルシウムを。
「いいから言え!」
「……まあ、俺も確かに回りくどかったな。それじゃあ言うが、戦場で厄介な存在は、負傷して動けない味方、だ」
『……!』
「こう言っちゃ、言葉は悪いかもしれないがな」
俺が言った答えにその場の全員が不意を突かれたような表情を浮かべる。
一を聞いて十を知るという言葉があるが、俺の答えを聞いて、ウィズが合点がいったというようにうなずいた。
「……なるほどな。仲間が死んでしまった場合は、素直に諦めて、最悪その場に放置できるが……怪我をして生きている場合はそうもいかない。安全な場所に避難させたり、怪我の手当てをしたり、救護活動をしなければならなくなる。帝都からその為の人員を新たに送る必要もあるだろう。見捨てることもできないしな」
「そういうことだ」
一人の味方が死んだ場合、戦力の減少はその一人分になる。
しかし一人の味方が自由に動けないような怪我を負った場合、戦力の減少は怪我をしたそいつと、そいつを救護するやつ、少なくともその二人分になる。
単純計算で倍になるということだが、実際には個人の戦力にはある程度の差があるから、ここまではっきりとは言えないがな。
俺はディアさんを見て、
「ディアさん、さっきなにか言いかけてただろ。もしかして気付いてたんじゃないか?」
「いえ……ちゃんと分かっていたわけではないです。ただ……"敵"にいたら、ってシャイナさんが言ったので、もしかしたらシャイナさんが言いたいのは"敵"のことではなく、それ以外の……"味方"のことなんじゃないか、って」
思い返すように口元に手を当てて、ウィズが言ってくる。
「いま思えば、これだけの魔物の群れを相手にしているのに、死者が一人もいないのはこれが理由か。殺さずにして戦力を削いでいったということだな」
「ああ、そうだ」
俺はうなずきを返しながら、
「それでさっきの話に戻るわけだ。フリートたちはこちらの戦力を可能な限り減らすために、敢えて威力を抑えて町を急襲する可能性が高い」
「なるほどな。だから、その炎魔法に関しては、いま町にいる戦力でも相殺できるかもしれない、と」
「そうだ。だがそうじゃない可能性ももちろんあるから、避難する準備もさせておいてくれ」
「分かった。伝えておく」
次に俺はテーブルの上の地図を指で示して、
「それと、北と東と西は襲撃されたが、こっちの南にはなにがあるんだ?」
「南には広大な荒野が広がっている。魔物も多く出没するから、人が住む町などはない……まさか……」
俺はうなずいた。
「三つの町へ炎魔法が急襲したあと、この場所一帯から大量の魔物が帝都に迫ってくるかもしれない。それを討伐するために、俺とサムソンとトウカとエイラをこの近くに送ってくれ」
…………
そしていまに至る。
「なんだかすごい久しぶりな感じがするね。こうして四人で魔物を討伐するの」
「そうか? ほんの数日のことだろ?」
「それでも、だよ」
杖を握りしめながら、どこか嬉しそうにエイラが言う。
「それにしても、ディアさんは連れてこなくて良かったのかい?」
「さすがにディアさんのいまの実力じゃあ、荷が重いからな」
「はっきり言うねえ」
「ディアさん自身、分かっているって言っていた」
「まあね」
手に薄いが丈夫な生地でできた、武闘家用グローブを着けながらトウカが言う。
「ふん。まさかまた君と共闘することになるとはな、シャイナ。今度は光魔法で僕達の視界を潰してくれるなよ」
「分かってるさ。つーか、てっきりサムソンは断ると思ってたんだがな」
「君のことは一ミリたりとも心配していない。君のせいで仲間が窮地に追い込まれるのを防ぐ為だ」
「そうかい」
腰に差した剣に手をかけながらサムソンが言う。
そのサムソンの言葉を聞いて、トウカはやれやれと息をつき、エイラはふんっとそっぽを向いた。
遠くのほうからかすかな地響きが伝わってくる。それは次第に大きくなり、茜色に染まる夕方の地平線のなかに、横に伸びる黒い塊が見えてくる。いまだかつて見たことがないほどの、大量の魔物の群れだ。
城にいるときに、いつもの戦い慣れた魔導士服に着替えは済ませている。吹き抜ける一陣の風に黒いローブをはためかせ、迫りくる魔物の群れに手をかざしながら、俺は言った。
「さあ、始めるぞ!」
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