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第一部 始まりの物語

第五十五話 ラグナロク

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 神殺しの力のことをみんなに話さなかった理由。


「そんなの、神殺しの力はその肩書きの通り、神をも殺せる力を持った魔法だからだ」
「……理由になっていないな。だから神殺しと言うんだろ」


 察しが悪いのか、それとも敢えて俺に言わせようとしているのか。おそらくは後者だろう。


「大昔の伝説くらい、サムソンだって知っているだろ。神と魔が戦ったとされる、いわゆる神魔大戦。別の言葉で言い換えれば、ラグナロク」
「…………」
「神殺しの力、ミストルテインはその大規模な戦いにおいて、多くの神を葬ったとされる力だ」


 神と魔。大抵の場合、神には良いイメージが伴い、魔には悪いイメージが伴う。その神を殺したミストルテインには、当然ながら悪いイメージが先行してしまうだろう。


「これはあくまで伝説に過ぎないが、ミストルテインという最強クラスの光魔法が存在することは確かだ。神を殺したとされるその力を俺が使えるとみんなが知れば、不用意に怖がらせちまうかもしれないだろ?」
「……なるほどな……」


 サムソンは言った。冷徹なまでに俺を突き放すようにして。


「要は、シャイナ、君は自分の保身の為に話さなかったんだな? みんなが君から離れていくと思って」
「…………」
「どうやら、パーティーを追放した時は飄々としているように見えた君でも、少なからずその影響はあったようだ」
「…………」
「だが勘違いはするなよ。僕は君を追放したことを、少しも後悔していないし、罪悪感も抱いていない。前にも言った通り、君のせいで僕達は実力を出し切れていなかったし、仲間を守る為には君がいない方がいいと、僕は思ったんだ」
「……そんなこと分かってるさ」


 いまさら蒸し返すことでも、何度も言うことでもないだろ。


「おまえはおまえの正しいと思うことを信じて、行動しただけだ。そして俺も、おまえのほうが正しいと思ったから、パーティーを離れた。この話はもうそれでいいだろ」
「……君はそう言うのか」


 ぼそりとした小さな声でサムソンが言う。その口調には、なにかしらの裏の意味があるように感じられた。


「どういう意味だ?」
「……本当は君に言うつもりはなかったが、この際だから伝えておこう。エイラは僕が間違っていると言った。トウカはどっちも正しくて、どっちも間違っていると言った。そしていま、君は僕が正しいと言った」
「…………」
「僕は僕が正しいと信じているし、これまでのことに後悔はしていない。……だが……それは本当に……」


 サムソンが心情を吐露しようとしたそのとき、先頭を歩いていたウィズが口を挟んでくる。


「話の途中ですまないが、もうすぐ黒い眼球の男がいる牢獄に到着する。魔法は封じているとはいえ、暴れた時の為に、二人とも用心していてくれ」
「……了解しました」


 彼女の忠告にサムソンが返事をする。
 さっき、サムソンがなにを言おうとしていたのか。それはもちろん気になるところではあったが、いまは黒い眼球の男からフリートたちの情報を聞き出すことに集中したほうが良さそうだ。
 俺も無言のままうなずきを返して、そしてウィズが持つランタン型魔法具の明かりの先に鉄格子の嵌まった小さな部屋と、そこの壁に額を押し付けている男の姿が見えてくる。


「……主様……おお、我が主様……! どうして何も仰って下さらないのですか? 私はこんなにも貴方に尽くしているというのに……!」


 ぶつぶつとつぶやきながら、ときおり頭をゴンッと壁に打ち付けている。昨夜からずっとそうしているのか、壁には血の染みができていて、男の額からも血が滲んでいた。


「おいおい、大丈夫かよ、あいつ。そのうち出血多量で死ぬんじゃないか?」
「余計な心配はしない方がいい。下手に怪我を治療しようとして近付いた者に危害を加えようという腹積もりかもしれない」


 こういう状況や輩に慣れているのだろう、冷静な口調でウィズが言う。なるほど確かに、その可能性も充分ある。


「相変わらずだな、シャイナ。敵を心配する必要なんてないだろ」


 俺に目を向けることなく、視線を男の一挙手一投足に固定したまま、サムソンもそう言う。そのまま続けて男に声をかけた。


「おい、フリートの仲間。おまえが知っていることを洗いざらい話してもらうぞ。……まず、おまえの名前は何だ?」
「……主様、主様。どうして私を見てくれないのですか? 確かに私は城の宝を見つけられませんでした。貴方のご希望に沿うことが出来ませんでした。しかし次こそは、この牢屋から助け出して頂けたなら、次こそは必ず……!」


 俺たちのほうを見ようともせずに、男はなおもぶつぶつとつぶやき続けている。それを聞いて、聞き捨てならないなと言うようにウィズがやつに言った。


「私達も甘く見られたものだな。そう簡単に、捕らえた者を逃がす訳がないだろう?」
「主様、主様、私は騎士団の地下牢獄にいます。水と食料を与えられましたが、一切手を付けていません。敵からの、それも人間からの施しは受けない。私はまだ潔白です。まだ主様にお仕えすることが出来ます。だからどうか……!」


 足元に目を向けると、そこにはパンやスープといった簡単な食事が置かれていたが、確かに男の言う通り、やつが手を付けた様子は見受けられず、その代わりとして、何匹ものネズミが群がっていた。


 ……うへえ……思わず気持ちが悪くなる。



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