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第一部 始まりの物語

第四十六話 ……どうやら、この戦いは終わりのようですね

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「…………」


 人差し指をつきつけながら言う俺のことを、銀髪の女はただ見つめてくる。なにかを言いたそうにするでもなく、さらなる追撃をするでもなく、初めて見たものや、珍しいものに出会ったときのように、ただじっと見つめてきていた。


「…………?」


 女のその様子に、俺はわずかな違和感を覚え始める。皇帝を襲撃したフリートの仲間であり、この帝国を乗っ取ろうとしている賊としては、女の振る舞いはやけに落ち着き過ぎているからだ。
 俺が知っている悪者っていう存在は、どこまでも利己的で、自分勝手で、思い通りに事が運ばないときは苛立ったり激怒したりするものだった。しかし、いま目の前にいる女は、そのどれにも当てはまらないような気がし始めていた。
 そういや、いま思えば……。


「シャイナ、助かった、ありがとう。さすがだな」


 思考を巡らそうとしていた俺にルナが声をかけてくる。


「あ、ああ、とにかく無事そうで良かった」
「おかげさまでな。また借りができてしまったな」
「いや、気にするな。仲間を助けるのは当然だからな」
「シャイナの場合は仲間でなくても助けてくれるだろう?」
「それは……」


 言いかけた俺を遮るように、銀髪の女が口を挟んでくる。


「お喋りしている余裕があるのですか? 確かに私のシャドードームは破壊されてしまいましたが、私自身は無傷ですよ」


 挑発するようにそう言う女に目を向けて、俺は言い返す。


「逆に聞こう。どうしておまえにもしゃべる余裕があるんだ? 俺は不利な相性を覆すように、おまえの魔法を突破したっていうのに」
「…………」


 ヨナは答えない。俺は続ける。


「いま思えば、おまえの行動には不自然なところがいくつかあった。昨日の戦いのあとも、フリートを治す必要があったとはいえ、俺にトドメを刺そうと思えばできたはずだ」


 他にもある。


「ルナがこの風の結界を張ったときも、転移魔法を妨害するための作戦があることを予想して、それが整う前に、すぐに逃げようと思えば逃げられたはずだ」
「…………」
「なぜそうしなかった?」
「…………」


 女は依然として答えようとしない。その代わりとして、右手に影の刃を出現させた。


「……次は油断しません」


 つぶやいた女が地面を蹴って迫ってくる。……チッ、仕方ない、答えたくないなら、やつを無力化して答えさせるだけだ。俺はルナに言った。


「ルナ、俺に風のエンチャントをしてくれ」
「分かった。エアエンチャント」


 俺の身体に風の付与魔法がかかり、手足を主としてほのかな風の流れが生じる。そして俺も右手に光の刃を作り出すと、


「瞬身斬」


 こちらへと迫ってくる女の背後に一瞬にして回り込んだ。


「……っ⁉」


 おそらくは俺の魔力の流れを読んで察したのだろう、すぐさま女が後ろを振り返って、やつの肩を斬りつけようと振り下ろした光の刃を受け止める。


「いまの動き、風のエンチャントだけの影響ではありませんね? いったい何をしたのですか?」
「ただ素早く動いただけだ」
「何を馬鹿な……」


 俺の瞬身斬はサムソンのそれを真似ただけで、普通に使ったのではサムソンの劣化技に過ぎない。しかし、身体速度を強化できる風の付与魔法と組み合わせれば、一時的ではあるがサムソンと同じくらいの速度で動ける。
 この方法は俺一人では難しく、ルナがいるからこそできる芸当だった。


「あなたにはつくづく驚かされますね」


 ちっとも驚いた表情を見せることなく女はそう言うと、つばぜり合いをする影の刃を介して光の刃から魔力を吸い取ろうとしてくるが……。


「おっと、そうはさせねえ」


 俺はすぐさま光の刃を消して、それと同時に、つばぜり合いの勢いのあまり眼前に迫ってきた影の刃を、身を低くすることで回避する。


「これ以上、光魔の魔力を吸われてたまるか」


 相手が俺の魔力を吸う相性の悪いやつだと分かった以上、光魔法を使うのは必要最低限にすべきだろう。少なくとも、やつが魔力を吸収する素振りを見せたら、光魔法は消すべきだ。
 そしてヨナの刃が空を斬ると同時に、俺はやつへと足払いをかける。


「くっ……」


 だがヨナはその動きも瞬時に読んで、後ろに跳んで回避すると、再び刃を構えながら、しかし今度は下手に突っ込んで来ようとはせずにこちらの様子を伺い始めた。


「……ふむ……そちらの彼女がいるとはいえ、不利な相性をこうもあっさりと対策してしまうとは……やはり、私の力であなた達に勝つのは難しいようですね」


 立ち上がりながら俺は言う。


「なに言ってやがる。二対一の不利な状況をものともしないで、しかも瞬身斬を初見で防いだんだ、おまえは充分過ぎるほどに強えよ」
「お褒めにあずかり光栄です。そしてそんな私よりも、あなた達の方が一枚以上に上手だったということですね」
「どこまでも褒め殺してくるやつだな」


 若干うんざりしたように俺はつぶやく。またこうしている間にも、ルナは素早く女の背後へと回り込み、いつでも挟み撃ちできる形に準備していた。
 女はそんなルナの動きを横目で見ながら、構えを解くことなく俺に言ってくる。


「……どうやら、このままでは私の敗色は濃厚なようですね……」
「投降するなら早くしてくれよ。さっさとフリートの居場所や、それ以外にもいろんな情報を聞き出したいからな。無論、魔力を封じた上で拘束するが、司法取引に応じるってんなら、殺したり無駄に傷付けたりは……」


 俺がそう交渉を持ち掛けていたとき、風の結界の外側、上空のほうから、まるで真空波が飛んでくるような、風を斬るような鋭い音が聞こえてきた。


「なんだ……?」


 ヨナへの警戒も続けながら、俺はちらりとその音のほうに目を向ける。そんな俺を見据えたまま、ヨナが小さくつぶやいた。


「……どうやら、この戦いは終わりのようですね」
「なに……?」


 もう一度ヨナに視線を戻したとき、衝撃音とともに、風の結界の上部が破壊され、なにかが俺とヨナの間に割り込むように落下してきた。



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