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第一部 始まりの物語
第四十四話 私はヨナ。影魔を導く者です。
しおりを挟む女が言った『同じ道を歩む』という言葉は、すなわち俺が女やフリートの仲間になるということだ。
それは引いては帝国に攻め入り、ウィズたちを敵に回し、皇帝を殺すということに他ならない。
そんなの、承諾できるわけがない。
「俺がおまえらの仲間になるわけねえだろ!」
怒りを露わにする俺の言葉を、目の前にいる女は相変わらずの無表情で受け止めて、一切の動揺やひるみを見せることなく返してくる。
「シャイナ様、どうか落ち着いて下さい。あなたは光魔を導く者でありながら、神をも殺せる力を持った数少ない存在です。そんなあなたが一介の魔導士として、ギルドのクエストをこなしていくだけの人生を送るというのは、とても勿体ないと私は思うのです」
「だから、皇帝を殺して、邪魔なやつらを消して、この国を支配する手助けをしろっていうのか⁉」
女は首を縦にも横にも振らず、ただ俺をまっすぐに見つめてくる。
「フリート様が望むのは、この世界をより良いものへと変革することです。この国の実権を握ることは、その手始めに過ぎません。もしシャイナ様が望むのなら、皇帝も含めて、不要な殺生はしないように私から説得致しましょう」
「そんなの信じられるか!」
いままでなんとか我慢していたが、相手の勝手な言い分に、俺は憤りのあまり拳をテーブルにたたきつけてしまう。
だが、それでも女は驚いた表情を欠片も見せず、ただ俺のことをじっと見つめていた。
それまで黙って話を聞いていたルナが口を開く。
「シャイナから話を聞いただけだが、そのフリートという者は、シャイナによって瀕死の重傷を負ったのだろう? 言わば、シャイナのほうが実力は上ということになる。フリートとやらは、自分より強い者を部下にできるほど殊勝な者なのか?」
「これは部下としてではなく、仲間としての勧誘です。あなたは、自分より強いシャイナ様を仲間として認めていないのですか?」
「む……」
「違うでしょう? それと同じことです。フリート様へは、私から説得致します」
女の言葉に、
「する必要はない!」
俺は怒鳴り声を上げていた。
「俺はおまえらの仲間になるつもりはない! 昨日の襲撃で多くの人たちを傷付けたやつらを信じるつもりもない!」
「……絶対に、ですか?」
「当たり前だ!」
「……交渉は決裂、ということですね」
女は静かに立ち上がる。
「……分かりました。残念ですが、今回はここで失礼させて頂きます」
そうして背を向けようとする女に、俺は声を浴びせる。
「敵を素直に帰すと思うのか?」
「……見たところ、どこか、恐らく帝都でしょうか、出掛けるつもりがあったのでしょう? それに、いま私達が戦えば、この街やあの子供達が巻き添えを食うことになりますよ」
「ぐ……」
確かにそうだ。いまここで戦えば、たくさんの被害が出てしまう。……と、そのとき、隣にいたルナが口を挟んだ。
「その心配ならいらない。この孤児院の周囲に風魔法の結界を張り終えている。院長たちにもすでに避難してもらった。まあ、微弱な魔力も探知できるようだから、もう分かっているだろうがな」
「ええ。しかしこの結界には転移魔法の妨害能力はないようですね。ならば……」
「言っただろう、シャイナから話は聞いていたと。あなたが転移魔法を使える場合のことを想定して、院長に転移魔法を阻害できる者を呼んでもらっている。いま頃は結界の外から、その妨害魔法を展開しているはずだ」
「……なるほど……。確かに、転移魔法の展開が難しくなっていますね」
ルナの言葉が本当か試してみたのだろう、女の足元に魔法陣が広がりかけたが、それも一瞬だけで、すぐに光の泡となって消えていく。
ルナが立ち上がりながら、
「シャイナ、いまなら街の人たちに危害は及ばない。この孤児院の建物も気にするな、あとで修復すればいいだけだからな。そして、わたしはシャイナの邪魔にならないように結界の外に……」
そう言う彼女に、俺は言う。
「いや、ルナも共闘してくれ。転移魔法以外に、やつがどんな魔法を使うのか分からない以上、万全を期しておきたい。俺の苦手な魔法の使い手だったときのために」
もしかしたら臆病者だとか言うやつもいるかもしれない。だとしても、万が一の場合は考えておいたほうがいいだろう。
弱気にも聞こえるかもしれない俺の言葉に、しかしルナは納得したようにうなずいた。
「……なるほど、確かにその通りだ。だが全力を出すときは言ってくれ。すぐに邪魔にならないように離れるから」
「ああ、分かってる」
俺も仲間を巻き添えにしたくはないからな。
そして臨戦態勢を取る俺たちに、自分の置かれた状況を冷静に分析しているかのように、なおも落ち着き払った様子で女がこちらに向き直る。
「やはりフリート様に重傷を負わせるだけはありますね。真の強者とは勇敢さと慎重さを兼ね備えているものですから」
そう言った途端、女の足元に夜の闇のような、あるいはブラックホールのような、漆黒の影みたいなものが現れる。バケツに入った黒い絵の具をこぼしたかのようなそれは、まるで生き物のごとく俺たちへと伸びてきた。
これは……なんかやばそうだ! 少なくとも、正体が分からないうちは触れるべきじゃねえ!
「ルナ! 建物の外に出るぞ!」
「分かってる! エアスラッシュ!」
ルナが部屋の一方に風魔法を放ち、それによって切り刻まれた部分から俺たちは外へと飛び出していく。……と、間一髪のところで、俺たちのいた場所を影のような漆黒が球体状に変化して飲み込んでいた。
外に飛び出した俺たちへと、漆黒の球体を従えながら、ゆっくりと静かな足取りで女も外に歩み出てくる。
「私はヨナ。影魔を導く者です。改めてお見知り置きを」
女はそう名乗りを上げた。
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