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第一部 始まりの物語
第四十三話 私達と共に、同じ道を歩みませんか?
しおりを挟む銀髪の女と俺の前に紅茶のカップを置き終わると、ルナは銀髪の女に言った。
「もし良ければでいいんだが、わたしも同席してよろしいか?」
「ええ、私は構いませんよ」
銀髪の女が俺に目を向ける。俺の意志はどうだろうかと確認しているようだ。少し迷ったが、俺はうなずいた。
「ああ、俺も構わない」
むしろ、銀髪の女の話次第では、ルナの意見や助力が必要になるかもしれないからな。
「ありがとう」
礼を言って、ルナがテーブルの真ん中辺りにポットを載せた銀のトレイを置こうとしたとき、気が付いたように銀髪の女が口を開く。
「しかし、それではルナさんの紅茶がありませんね。せっかく、ゆっくりお話がしたいのに、一人だけないというのも……」
「それならわたしの分のカップも持ってきている。心配には及ばない」
随分と準備がいいな。俺の心の声に、実際に聞こえたわけではないんだろうが、ルナが微笑みながら俺に言ってくる。
「わたしも同席させてもらえるかなと院長と話していたら、もし同席できたときのために自分用のカップも持っていったらどうか、と言われてな」
「そういうことか」
俺は納得する。ルナが座り、ポットから自分のカップに紅茶を注いでいると、銀髪の女が尋ねてきた。
「そういえば、院長様はどちらへ?」
「院長なら子供たちの面倒を見てもらうように言っておいた。敷地内とはいえ、庭に子供だけでは心配だからな」
「そうですか。あの年頃の子供はあちこち動き回りますからね」
まるで知り合いに子供がいるみたいな口振りだな。
「それでは、頂きます」
女はそう言ってカップを手に取ると、まず紅茶の香りを楽しむようにして、
「良い香りです」
そして、まるで貴族のように優雅に上品に、静かに口につけていく。
カップを置いて、口を開いた。
「味も良いですね。お高かったでしょう?」
「安物だよ。店で値引きされているのを買ってきただけだ」
「そうでしたか。それでは、淹れた方の技術が素晴らしいのですね」
「お世辞だとしても、そう言ってもらえるとありがたい」
「いえいえ、お世辞ではありませんよ」
さっきから、女はやけにこちらを褒めてくる。おそらく話術の一種で、そうやって相手の気分を良くして、このあとの交渉を有利に働かせるつもりだろう。俺は口を開く。
「もういいだろう。いい加減、ここに来た目的を話しやがれ」
「やれやれ、急かす方は女性に嫌われますよ」
「別に嫌われても構わねえから、さっさと話せよ」
「……そうですか……まあ、私がここに来てから結構経ちますからね、そろそろ本題に入りましょうか。美味しい紅茶も楽しめましたし」
こいつ、本当に紅茶を飲みたかったのかよ。
そのとき、ルナが口を挟んできた。
「その前に、どうしてシャイナがここにいると分かったんだ? 部外者には話していないはずだが」
昨夜の戦いのあと、女は確かにフリートを連れて消えていった。なのになぜ、俺がこの街にいると分かったのか?
「まさか、おまえの仲間が俺たちの後を尾行してたのか?」
俺の言葉に、しかし女は否定する。
「いいえ。魔力というものは、例え使っていなくとも、微量ながら身体の外に漏れ出ているものでしてね。昨夜、あなたが倒れた場所から、私はそれを辿っただけですよ」
「犬かよ」
「失礼ですね。そもそも普通の犬に魔力を辿る能力はありませんよ」
言葉の文句だけ聞けば機嫌を損ねた感じだし、顔付きも無表情なのに、女の口調や雰囲気は冗談を笑うような気さくさがあった。
返答を聞いたルナが、腑に落ちないというように質問を重ねる。
「だが、そんな微弱な魔力を辿れる者など、聞いたことがないが……?」
「ええ、そうでしょうね。いまのところ、これが出来るのは私くらいなので。言わば、私の固有能力といったところでしょうか」
「…………」
ルナが難しい顔をして押し黙る。本当なのかと、半信半疑なのかもしれない。
詰問するように俺は女に尋ねた。
「それで? おまえがここに、わざわざ俺に会いに来た目的はなんだ? フリートに命令されて、俺を倒しに来たのか?」
だとしたら返り討ちにするだけだ。怪我も完治して、魔力も戻っているから、思う存分戦うことができる。まあ、街を巻き込まないために、ここから離れる必要はあるだろうが。
女は首を横に振った。
「いいえ。私はあなたを倒しに来た訳ではありませんし、私の力ではあなたに勝つのは難しいでしょう。そもそも、私がここに来たのは、私の独断です」
「フリートに黙って来たってことか?」
「ええ」
戦いに来たわけでも、命令されて来たわけでもない? どういうことだ?
こちらの反応を伺うように一拍置いたあと、女は続けて言った。
「光魔を導く者、シャイナ様。もしあなたさえ良ければ、私達と共に、同じ道を歩みませんか?」
……。
…………。
……………………。
女の声が耳に届き、その文句を脳が処理し、意味を理解するまでに時間がかかった。それほどまでに、女が言った言葉は俺の予想の範疇を超えていた。
それはルナも同じだったようで、いままで見せたことのない、呆気に取られたような、口をぽかんと開けた顔をしていた。
思わず知らず、俺はテーブルに手をついて立ち上がりながら、
「ふざけるな!」
そう憤りに満ちた声を上げていた。
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