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第一部 始まりの物語

第四十二話 探していたら少し時間がかかってしまった

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「おまえは……っ⁉」


 驚愕し、臨戦態勢を取ろうとする俺に、ヨナと名乗った銀髪銀眼の女は感情を表に出さない冷静な口調で言ってくる。


「そう身構えないでください。ここは街の中、なのですから」
「……っ!」


 街のなか。なにも知らない一般人がいる街のなか。すぐ近くには院長やルドやチルもいる。
 もしいまここで戦おうものなら、少なくない犠牲者を出してしまうだろう。


「先ほど院長様も申し上げたように、私はあなたをお迎えに来ただけです。争いに来た訳ではありません。……もっとも、あなたがそうしたいというのなら、やぶさかではありませんが」
「……っ!」


 例えそんなことを言われたとしても、戦うわけが、戦えるわけがない。こいつもそれを分かっていて、そんなことを言ってきてやがるんだ。


「……なにが目的だ?」


 俺は臨戦態勢を解き、それでも拳を固く強く握りしめながら問う。俺のその物々しい雰囲気を感じ取って、院長は困惑し、戸惑っていた。
 相変わらず感情のない落ち着いた顔付きで、銀髪の女が口を開く。


「立ち話もなんですから、その建物の中に入りませんか? 込み入った話ですし、あなたも立ったままでは疲れるでしょう?」
「……」


 正直なところ、フリートの側についている敵で、こんな怪しいやつを、ルナたちが住む孤児院に招き入れたくはない。
 しかし……。
 丁寧な口調で言ってきているとはいえ、いまやつに反抗的な態度を取れば、なにをしでかすか分からない。
 くそ……っ! これは院長たちや街の人間を人質に取られたようなもんじゃねえか……っ!
 鋭くさせた視線は銀髪の女から離さないまま、俺は院長に言う。


「院長、そいつと孤児院のなかで話がしたい。いいか?」
「え、ええ、構いませんが……」
「ルナもいいか?」
「……是非もない」


 俺が漂わせている雰囲気から、ルナは相手が好ましい人物ではないことを察したらしい。同時に、いまは可能な限り相手の言う通りにしたほうがいいことも。


「それじゃあ、院長、あいている部屋に案内してくれ」
「は、はい」


 そして院長の案内の元、俺たちは孤児院のとある一室へと向かっていく。何事かとルドとチルもついてこようとしてきたが、ルナが、俺たちが話している部屋には入らず庭で遊んでいるようにと言い聞かせて、二人を俺たちから遠ざけていた。


「なにかお飲み物でもお持ちしましょうか?」


 向かい合ってテーブルについた俺と銀髪の女に、院長が聞いてくる。感情を顔に出さないながらも、声に感謝の意を込めるように、柔和な口調で銀髪の女が答えた。


「ありがとうございます。それでは紅茶をお願いできますか? なければミルクでも」


 なにをずけずけと。


「それでは紅茶をお持ち致します。シャイナさんはどうします? 同じでよろしいですか?」
「いや、俺は……」


 こんな怪しいやつがいるのに、なにかを口にしている心的余裕はないし、院長に余計な手間をかけさせるのもアレだったので断ろうとしたのだが……有無を言わせぬように銀髪の女が口を挟んでくる。


「緊張しているようですし、リラックスの為にもお願いした方がよろしいと思いますよ」


 ……くそっ! 俺は改めて院長に言う。


「……それじゃあ、俺も紅茶をお願いします」
「分かりました。すぐにお持ち致しますね」


 院長が部屋から出ていこうとしたとき、見張るように部屋のドアの近くにいたルナが院長に声をかけた。


「わたしも手伝います」
「ありがとう、ルナ」


 そして二人は部屋から出ていった。
 閉じられたドアを見遣りながら、銀髪の女が口を開く。


「……あの金髪の彼女。剣士の格好をしていますが、魔力も感じます。……魔法剣士ですね?」


 いまのルナは確かに腰に剣を差し、髪も正面向かって右側……ルナ自身からすると左側にまとめてサイドテールにしている。


「だったらどうした」
「……おや……」


 ぶっきらぼうに俺が返すと、銀髪の女はこちらに視線を戻した。いままで無表情だったその目を、かすかにすがめている。


「どうやら、随分と嫌われてしまったみたいですね」
「ふざけてんのか? どうすりゃ敵を好きになれんだよ」
「確かにごもっともですね」
「そんなことより、いいからさっさと話せよ。いったいなにが目的だ?」
「そんなに敵意を剥き出しにしなくてもいいでしょう。美味しい紅茶を飲みながら、落ち着いて話したいですし」


 こいつ……っ!


「いいから早く……!」
「ルナさんと呼ばれていた彼女、あなたの仲間なのですか?」


 興奮した俺の言葉をかわすように銀髪の女が聞いてくる。……が。


「……っ!」


 頭の片隅に残っていた冷静な部分が、とっさに女への返答を躊躇させた。もしここでルナが仲間だと知られたときの、後々の展開を瞬時に思考していく。
 ルナ自身は確かに仲間だし、今後、帝国側の戦力として考えた場合、そのことはいずれ敵側に知られるのは仕方のないことだろう。
 問題は、ルナがこの孤児院と家族同然の関係にあるということだ。
 院長やルド、チル……彼ら三人が安全な場所に避難する前にそのことを知られれば、三人を人質に取られてしまう可能性が高い。
 それはすなわち、こちらが圧倒的に不利になることを意味し、また最悪の事態を招く危険性もある。
 無論、ルナが魔法剣士であることや、さっきまでの俺とルナのやり取りや距離感から、仲間であることはすでにおおよそ感付かれているだろう。
 にもかかわらず、わざわざ銀髪の女が聞いてきたのは、俺自身の口から確証を得たいために違いない。


「…………」


 だから、俺は口を閉ざした。
 沈黙。ただの時間稼ぎに過ぎないが、ここではそれが正解だと思ったから。


「……ふむ……。…………」


 それを見て取って、女も口を閉ざす。
 そうして少しの間、俺と女は互いに押し黙ったまま、相手のことを見つめ続けていた。
 端から見れば、気まずい沈黙や重い雰囲気に見えたかもしれない。しかしその実、俺は相手の出方を伺っていたし、女のほうも俺の様子を探っているに違いなかった。
 戦う構えこそしていないものの、俺たちは心のなかで、互いに鞘に収めた刃に手をかけて、睨み合っていた。
 そうして壁の時計の針の音だけが聞こえていたとき、廊下のほうから足音が聞こえてきて、部屋のドアが開いてルナが姿を見せる。


「すまない、紅茶の茶葉をどこにしまったか忘れてしまってな。探していたら少し時間がかかってしまった」


 そう謝ってから、ルナはテーブルに紅茶の入ったカップを置いていく。


「いえいえ、お気になさらずに。我儘を言ったのは私ですから」


 声に柔和さを漂わせながら、銀髪の女はそう返事した。



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