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第一部 始まりの物語

第四十話 その言い方は誤解されるから!

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 ベッドから出て、伸びをする。首や肩を回したり、脚の屈伸などの簡単なストレッチをするが、頭痛や熱は感じられない。魔力も全快しているようだし、体調は完全回復だと言っていいだろう。
 ベッドの脇には昨日着ていた貴族の服とともに、魔導士が身に付けるようなフード付きの黒いローブも置かれていた。正直、貴族の服はなんだか動きにくい感じがするので、いまはまだ、現在身に付けている麻のような素材の服のままでいいか。
 ここは孤児院だとルナは言っていた。知らない建物を勝手に出歩くのもどうかと思ったが、とりあえず顔を洗いたいし、トイレにも行きたかったので、部屋のドアから廊下に出ることにする。
 まあ、洗面所やトイレの場所は探せば見つかるだろうし、誰かがいたらそいつに聞けばいい。
 そう思っていたら、ドアを出た直後、廊下の向こうから「あ」と声が聞こえた。
 そちらに目を向けると、廊下の曲がり角に、昨夜見かけた子供二人が、曲がり角に隠れるようにして、おそるおそるといった感じでこちらを覗き込んでいた。


「「起きてた」」


 子供二人が同時に言う。どうやら偶然鉢合わせたというよりも、初めて見る俺の様子が気になって、曲がり角から部屋のほうを伺っていたらしい。


「ちょっといいか?」


 声をかけると、子供たちはびくりとなる。仕方のないことだが、やっぱり警戒されているらしい。


「洗面所はどこだ? それとトイレも」
「「……」」


 子供たちが顔を見合わせる。初対面の相手にぎこちない様子ではあったものの、昨夜ルナにルドと呼ばれていた男の子が、


「こっち」


 と、人差し指を廊下の先に向けながら歩き出した。どうやら案内してくれるらしい。男の子の後を女の子が足早に追いかけて、俺も彼らに続く。


「ここが洗面所。そこのドアがトイレ」


 木造の廊下を進んだ先で男の子が説明してくれる。


「サンキュ。あとタオルはあるか?」
「そこのかごにお客さん用のがあるはず。使ったらこっちのかごに入れて。あとでルナが洗濯するから」


 男の子が指差すほうを見ると、『来客用』や『洗濯前』と書かれた紙が貼ってある藤籠が置かれていた。その近くには『ルナ』『ルド』『チル』と書かれている籠もある。


「サンキュ」


 蛇口をひねり、顔を洗う。タオルで拭いたあと、トイレに向かった。トイレから出ると、女の子はいなくなっていたが、男の子はまだそこにいた。


「あの子は? ええと……」
「チルならルナを呼びにいった。おれは見張り」
「俺の?」
「そう。あんたがドロボーしないか」
「ふーん」


 どうやら俺は悪人面に見えるらしい。自分の顔が良いほうだとは思ってはいないとはいえ、なんか、少しだけショックだな。
 うなずきながら答えた男の子に俺がそんなことを思っていると、今度は男の子が聞いてくる。


「あんた、なにもんだ? ルナと知り合いなのか?」
「俺はシャイナ、光魔導士をやってる。ルナとは以前、サイクロプスの討伐クエストのときに一緒に戦ったんだ」
「ふーん。そういや、シャイナっていうすごく強いやつと会ったって、ルナが言ってたな」


 ティムが騎士団連中に話していたように、ルナも自分の知り合いたちに話していたらしい。


「そのときのルナ、すごくうれしそうというか、楽しそうだった」
「あー、それはあれだ、強いやつと手合わせできるからだろ」


 前にそう言ってたし。強さを求める冒険者にとって、強いやつと戦えることは、それだけで嬉しいことなんだろう。


「…………」


 俺の言葉に、男の子は黙って俺を見つめる。


「……?」


 その視線の意味がよく分からず、疑問符を浮かべていると、廊下の向こうからさっきの女の子とルナがやってきた。


「シャイナ、ここにいたのか。部屋にいないから、どこに行ったのかと思ったぞ」
「あー、悪い。顔を洗いたくて。トイレにも行きたかったし」
「まったく。だがまあ、仕方ないか」


 ルナが小さな息をつく。俺は子供たちに目を向けながら、


「二人に案内してもらったんだ。ちょうど部屋の近くにいて助かったよ」


 木造の建物とはいえ、孤児院というだけあってそれなりに広く、俺一人だったら迷っていたかもしれないからな。
 しかし俺の言葉に、ルナが少しだけ光らせて子供たちを見る。


「なに……?」


 その反応に、子供たちがびくっとなった。ルナが彼らに言う。


「ルド、チル、まさかまたシャイナの部屋を見ていたのか?」
「「だってえー」」
「言っただろう? シャイナは病み上がりなんだから、そっとしておくようにって」
「ごめんなさい」


 ルナの言葉にチルという女の子は素直に謝ったが、ルドという男の子は、


「お、おれ、お腹すいちゃった! あさめしあさめし!」


 そう言って廊下を駆け出していく。


「あ、こら」


 ルドを追いかけようとするルナに、取りなすように俺は口を開いた。


「まあまあ、そう言ってやるなって。俺ならもう熱も下がったし、二人のおかげで迷わなくてすんだしな」
「それはそうかもしれないが……」


 彼女はまだどことなく納得していないらしい。と、そのとき、廊下の向こうに言ったルドが大声で、


「ルナが部屋に男を連れ込んだこと、みんなに言いふらしてやるー!」
「なっ⁉」


 ルナがびっくりした声を出した。


「ちょっと待て! それはやめなさい! いやその通りなんだけど、その言い方は誤解されるから!」
「やめてほしいならつかまえてみろー!」
「こら、待ちなさいってば!」


 確かにルドの言う通り、大怪我をした俺は治療と休養のために、ルナが住んでいるこの孤児院の部屋に泊めてもらったわけで。
 しかしルナは相当怒ったらしく、耳まで真っ赤にしてルドのことを追いかけていった。
 それらの様子を見ていた女の子が溜め息をついてから、俺に言う。


「朝ごはん、できてる。院長がシャイナさんも一緒にって」
「あ、いいのか?」
「うん。看病しといてごはん食べさせないのも変でしょ」
「それもそうか……? まあ、とにかくサンキュ」
「うん。ダイニングはこっち」


 なんだか、思っていたよりも大人びているというか、しっかりした子なのかな。
 そう思いながら、俺はチルの案内でダイニングルームに向かった。



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