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第一部 始まりの物語

第三十八話 な゛い゛でな゛い゛!

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「……」
「……」


 俺が黙り込んでしまったことで、ルナも黙ってしまう。おそらく、事態の深刻さに、なにを話したらいいのか、とっさには分からないのかもしれない。


「……くそっ……」


 少しの沈黙の後、俺は口にしていた。


「……俺がトドメを刺していれば……それで終わってたのに……!」


 そんな俺を見つめて、ルナも口を開いた。


「……あまり自分を責めるな。シャイナも瀕死だったのだから。いまは、これからどうするかを考えたほうがいいと思う」
「……」
「とりあえず、帝国の騎士団に連絡を取ることはできないのか?」
「……それは……」


 俺は自分の腕に着けているブレスレットに目を向ける。戦いの影響で多少傷は付いているものの、なんとか使えそうだ。


「……そうだな」
 これを使えば、いますぐにでもウィズと連絡が取れるだろう。……同時に、サムソンたちとも……。
 ……。
 腕のブレスレットを黙ったまま見つめる俺に、ルナが聞いてくる。


「……連絡、したくないのか?」
「……え……?」


 顔を上げる俺に、


「いや、なんだか迷っているような感じがしてな」
「……あ、いや……」


 どうやら顔に出てしまっていたらしい。


「……連絡するよ……」


 こんなときに俺個人の私情を挟むべきではないだろう。
 俺はブレスレットに魔力を込め始める。淡い光を放つそれを口元に近付けて、


「こちら、シャイナ。聞こえるか、ウィズ?」


 ザザッ、というノイズが一瞬入ったあと、慌てたようなウィズの声が聞こえてきた。


『シャイナか⁉ 良かった! 生きてたんだな!』
「ああ。心配かけてすまない。夜中に連絡もして」
『そんなことは気にするな。とにかく、生きてるということは、やつを倒したんだな。いまどこにいるんだ?』
「そのことなんだが……」


 俺が言おうとしたとき、ウィズとは別の声……エイラの興奮した声がブレスレットから響いてきた。


『シャイナ⁉ シャイナなんだね⁉ 本当にシャイナなんだね⁉』
「わっ⁉ エイラもそばにいたのか⁉」


 エイラがそばにいるとは知らず、またいきなりの大声にびっくりしたこともあって、思わず俺はブレスレットを着けていないほうの手で片耳を塞ぐ。


『良かった! ぐすんっ! 生きてて本当に良かったよお!』
「もしかして、泣いてるのか?」
『な゛い゛でな゛い゛! これは嬉しくて目から汗が出てるだげ!』


 泣いてんじゃねえか。
 ウィズの声が再び聞こえてくる。


『トウカどの、エイラどのをそこのソファに。それとディアどのも腰が抜けているようなので』
『承知した』
『うえぇぇん!』
『良かった……本当に良かった……』


 トウカ、エイラ、ディアさんの声が向こうのほうで聞こえてきた。トウカの声も落ち着いてはいたものの、普段とはどことなく調子が違っていて、やはり俺の生死が気掛かりだったのだろう。
 ……本当にみんなには心配をかけたみたいだな……。
 ウィズがさっきの話の続きを再開した。


『それで、いまはどこにいるんだ?』


 俺はちらとルナのほうを見てから、


「ウィズが飛ばした草原の近くにある街の孤児院だ」
『孤児院?』
「ああ。やつとの戦いのあと、俺は気絶しちまったんだが、その俺を、戦いを察知して駆けつけてきたルナがここまで運んでくれたんだ」
『そのルナどのは、孤児院の方なのか?』
「ああ。ルナは魔法剣士で、数日前のサイクロプスの討伐に協力してくれた人でもある」
『いまそこに同席しているのか?』
「ああ。あと、ルナには全て話してある。彼女は信頼できるから、その点は大丈夫だ」


 考えるような、ちょっとの間。


『……了解した。シャイナがそう言うのなら、心配いらないのだろう。ただ私もどういう人物か確認しておきたい。代われるか?』
「分かった。いま代わる」


 俺はブレスレットをルナのほうに向ける。


「初めまして、ルナと申します。シャイナのことなら心配いりません。この街のヒーラーに治してもらいました。ただ戦闘の疲労と魔力を使い過ぎたことで、少し熱があるようですが、ちゃんと寝れば朝には治るとのことです」
『そうですか。色々と手を尽くしていただき、感謝致します。シャイナはここで失うには惜しい人物ですので』
「わたしもそう思います」
『申し遅れました、私はウィズと申します。今後ともお見知り置きを』
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
『お時間をお取りいただき、ありがとうございます。それではシャイナと代われますか?』
「分かりました」


 ルナがこちらに目配せをして、俺はブレスレットを自分に向ける。


「シャイナだ。というわけで、俺なら大丈夫だ。だからもう心配しなくていい」
『了解した。皆も安心している。それで、明日にはこっちに戻れそうか? 皆、シャイナと会いたいだろうし、皇帝陛下も命を助けてくれたお礼をしたいと申していてな。なんなら誰かを迎えに……』
「ちょっと待ってくれ。その前に、話しておくことがある」


 俺の真剣な声音を察して、ウィズの声に再び緊張感が戻った。


『何だ?』
「確かに俺はやつ……フリートに勝ったが、息の根を止めたわけじゃない」
『……逃がしてしまった、ということか?』
「すまない。端的に言うとそういうことになる。深手を負わせることはできたが、それが限界で、そのあとに現れたフリートの仲間が、やつを連れて逃げちまった」
『…………』
「本当にすまない」
『……いや……シャイナも生死の境をさまよっていたのだろう? なら、仕方のないことだ。謝る必要はない』
「いや、謝らせてくれ。本当にすまなかった。俺がトドメを刺していれば……」


 そのとき、ウィズとは別の男の声……サムソンの声が割り込んできた。


『シャイナ、僕だ、サムソンだ』
「……! ……サムソン……」


 やはりサムソンもこの場にいたのか。


『君も含めて、みんなが尽力してくれたおかげで、こちらの被害は奇跡的に、負傷者はいるものの死亡した人はいない。その点は心配する必要はない』
「……そうか……」


 良かった。誰も死ななくて。


『問題は、君が逃がしたフリートという者の今後の動向だ』
「……!」


 俺が危惧していることを、


『君から受けた傷を治したら、フリートはまた帝国を襲撃してくる。そうだろう?』


 サムソンは口にした。



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