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第一部 始まりの物語
第三十二話 ……おまえは……いったいなんなんだ……?
しおりを挟む周りにいた貴族たちがざわめくなか、騒ぎに気付いたらしい警備の者たちが駆け寄ってくる。
「何事だ⁉」
「賊か⁉」
彼らは皇帝の殺害予告を知っているからか、普段以上に警戒しているのだろう、心なしか殺気だった雰囲気を醸し出していた。
そんな彼らにエイラが落ち着いた様子で説明する。
「そちらで伸びているかたがあちらのかたを殴ろうとして、勝手に転んだだけですわ。いわゆる自業自得、というものかと思います」
「……本当ですか?」
警備のやつらのなかにもエイラのことを知っているやつはいると思うが、それでも一応周囲の貴族たちに確認を求めると、貴族たちも事態に驚きながらもうなずいていた。そのうちの一人、ステラさんが援護するように言葉を添える。
「は、はい、エイラさんの仰る通りですわ。ブーモさんがエイラさんを無理に連れていこうとするのを、そちらのクラインさんが引き止めて、それで怒ったブーモさんが殴りかかられてつまずいたのを、わたし、この目ではっきりと見ました」
周囲の貴族たちもうんうんとうなずいているのを確認して、
「……なるほど」
警備のやつらも納得した声をつぶやく。そのとき、彼らの後ろから誰かが声をかけた。
「……やれやれ、またうちの馬鹿息子が問題を起こしましたか」
口振りからしてブーモの親なのだろう、口髭を生やしているその男は床に倒れているブーモを一瞥して、
「遠くからではあるが、あちらのほうで見ていました。馬鹿息子を止めようと思ったときにはもう遅かったのですが……」
それからエイラと事態に戸惑っている様子のクラインさんのほうを見て、
「お二方にはとんだご迷惑をおかけしました。お怪我はありませんでしたか?」
謝罪の言葉を述べる。エイラが答えた。
「わたしなら大丈夫ですわ。クラインさんのほうは?」
「あ、私も大丈夫です、怪我はありません」
二人の返答に、ほっと男が胸を撫で下ろす。さっきの口振りから、ブーモはこういう問題を前にも起こしたことがあるのだろう。
だったらパーティーに連れてこなければいいのに、とは思うが、貴族の付き合い上、それも難しいのかもしれないな……詳しいことはよく分かんねえけど。
ブーモの父親が、伸びているブーモの様子を見ていた警備のやつに言う。
「君、息子の様子はどうだね?」
いくら問題児とはいえ、その親だからなのだろう、男の声には心配する響きが伴っていた。
「目を回しているようですが、目立った怪我はないようです。しかし一応、治療班の元へ連れていきましょう」
「すみませんが、お願いします。私も付き添いしていいかね?」
「どうぞ」
エイラはヒーラーだが、いまここで回復魔法を使えば、周囲の貴族や、引いてはそのなかに潜んでいるかもしれない賊に気付かれる可能性がある。
まあ、そもそもブーモの治療をしたくないのかもしれないが。
その場の全員の注意がトラブルに釘付けになっている間に、俺は人混みに紛れるようにして、こっそりと会場の外へと出る。
ある程度離れた通路の角で様子を伺うと、会場内に担架が入っていって、それから担架に乗せられたブーモと警備兵、ブーモの両親が会場の外へと出ていくのが見えた。
……とりあえず、誰もついてきてないな……俺はここから会場を見張ることにするか……。そう思ったとき、
「……命令……お宝……探し出す……頂く……」
通路の向こうから、そんなふうにぶつぶつとつぶやく声が聞こえてきて、向こうの十字路を横切る影が視界に映り込む。
……いまのは……。
……。
一度会場をちらと見る。あっちはエイラに任せておこう。俺は……。
ブレスレットを通じて、ウィズに連絡を入れる。
「こちらシャイナ。ウィズ、聞こえてるか?」
『どうした?』
「通路で怪しいやつを見つけた。見失わないよう、いま追うつもりだ」
『出たか。分かった、すぐに応援を何人か向かわせる。ブレスレットには魔力を込め続けてくれ、探知魔法のマーキング代わりになる』
「分かった。なにかあったらすぐに連絡できるしな」
そして相手に気付かれないように注意しながら、俺は怪しい影を追い始めた。
背後の会場から、
「あら? さっきのかたはどこへ……?」
「あ、エイラさん、もうすぐ皇帝さまがいらっしゃるようですよ。楽しみですね」
「え、ええ……」
エイラとステラさんのそんな声が聞こえた気がした。
怪しいやつを尾行し始めてから数分。ウィズに頼んだ応援はまだ来ていない。
「……お宝……城の宝……貴族の宝……」
通路の向こうにいる声の主は男。人数は一人。頭髪はなく、猫背で、夢遊病者のようにふらふらと歩いている。手ぶらで、その手もだらんと力なく垂れ下げている。
……手にナイフとか凶器を握っていれば、安全を優先するためにすぐにでも取り押さえるんだが……最悪、どっかの貴族の悪ふざけという可能性もあるからな……。
それに仮に賊だとして、もしかしたら他に仲間がいるかもしれない。いま下手に取り押さえてそいつらに気付かれたら、そいつらを取り逃すかもしれない。
一網打尽にするためにも、少し泳がせて、仲間の有無の確認と、もしいるのならそいつらと合流したときを狙ったほうがいいだろう。
……と、そんなことを考えていたとき、男がとある部屋の前で立ち止まり、懐からキラリと光るナイフを取り出した。
あのヤロウ、ナイフを隠し持ってやがったのか!
「あぁけぇろぉ! お宝をぉ、よぉこぉせぇ!」
そう叫びながら部屋のドアにナイフを振りかざす男に、
……くそっ、仕方ねえ……!
俺は見張っていた通路の角から飛び出すと、男の脇腹にライトボールを当てて、
「うぐ……っ!」
と、よろめいた男を背負い投げして、床にたたきつけた。
「うがぁ……っ!」
うめき声を漏らす男が動けないように取り押さえつつ、強い口調で尋問する。
「仲間はいるのか⁉ いるならどこだ⁉ 言え!」
「離せぇ! お宝をぉ! 我が主の為にぃ!」
「主だと⁉ そいつはどこにいる⁉」
「命令ぃ……命令がぁ……!」
そのとき、じたばたともがく男の、あることに気が付いて、俺はぞっとする。いままでは背中を向けていたせいで分からなかったが、こいつの目は……人間で言うところの白目の部分がなく、眼球全体が深淵のような漆黒に染まっていたからだ。
「……おまえは……いったいなんなんだ……?」
俺がそうつぶやいたとき、遠くのほうからなにかが爆発したような衝撃音が響いてきた。
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