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第一部 始まりの物語
第三十一話 やっべ……っ!
しおりを挟むネックレスやブレスレット、イヤリングなどのいかにも高級感の漂う装飾品やドレスを身に付けているのに嫌味な印象を感じさせず、むしろ後光が差していると錯覚するほどに、エイラはそれらを着こなしている。
普段は化粧なんてほとんどしないのに、いまはほんのりと化粧をしていて、それがさらに上品な雰囲気を醸し出させている。
いまのエイラはどこからどう見ても上流階級の貴族のご令嬢といった出で立ちで、俺が知っている旅の冒険者でときどき変態的な言動や行動をする彼女とは似ても似つかなかった。
元々整った顔付きなことは分かっていたが、ここまで印象が変わるとはな。馬子にも衣装ということわざがあるが、彼女はそれをはるかに超えている。
「お、お綺麗ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」
恐る恐るといった感じで近くにいた若い女性……さっき俺と話したステラさんがエイラに尋ねる。その声は若干緊張しているようだ。
「エイラと申します。あなたは?」
「こ、これは失礼しました、わたしはステラと申しますっ。どうかお見知りおきをっ」
「ステラさんですね。わたし、実はこのようなパーティーに出席するのは初めてなのですが……皇帝陛下はもういらしてるのかしら?」
「い、いえ、まだでございますっ。おそらくもうそろそろお越しになるのではと……」
なんか敬語が変になっているような気もするが、相当緊張しているのかもしれない。その相手は普段、ときどきぐへへとか笑う変態予備軍なのにな……。
「そうですか。陛下のご来臨に間に合って良かったですわ。遅れては一大事ですものね」
エイラが微笑みを浮かべると、ステラさんを含めて周囲にいた人たちが一様に、ぽーっとその笑顔に見とれているようだった。
俺のそばにいたクラインさんもエイラのその様子を見て、
「綺麗な方ですね。シャイナさんもそう思いませんか?」
そう俺に声をかけたとき、エイラがこちらに目を向けた。
やっべ……っ!
俺はすかさず彼女の視線から顔を背けた。ここからエイラまでは多少離れているから、クラインさんの声は聞こえなかったと思うが……もし見つかったら面倒なことになる。
「ちょっとあちらのかたがたにもごあいさつして来ますね」
そう断りを入れて、ゆっくりとした足取りでエイラがこちらへと歩いてくる。
まずい……このままだと見つかっちまう……!
「クラインさん、トイレはどこだ?」
「え、あちらですが……」
「ちょっとトイレに行ってくる」
「え、あ、はい」
とにかくすぐにこの場を離れないと……!
クラインさんが示したほうへと向かおうとする俺に、エイラが声をかけてくる。
「お待ちください、そこのかた。……どこかで会ったことが……」
彼女が最後まで言い切る前に、その近くにいた若い男が彼女の前に割り込んで話しかけた。
「とてもお綺麗な方ですね。こんなにお綺麗な方には初めて会いました。俺はブーモと言います、以後お見知りおきを」
「申しわけありません、ブーモさん。いまはあちらのかたとお話を……」
「まあまあそんなこと言わずに、俺と話しましょうよ。あちらのほうでゆっくりと」
「ですから……」
「実はあなたに一目惚れしましてね、俺と付き合いましょう。そしてゆくゆくは結婚しましょう」
「申しわけありませんが、わたしにはもう心に決めたひ……」
断るエイラの言葉には耳を貸さず、ブーモとかいうその男は彼女の手を取って、
「あちらに俺の父と母がいますので、詳しい話はあちらでしましょう」
「ちょ、やめてください。だからわたしにはもう……っ」
「いいからいいから」
なおも強引にブーモがエイラを連れていこうとしたとき、そのブーモにクラインさんが制止の声をかけた。
「手を離したらどうですか。エイラさんが困っているじゃないですか」
ブーモがクラインさんに向く。
「……どちらさまですか?」
「クラインと申します。ディケドニアの領地の一部を任されています」
「……なんだ、地方のやつか」
ふん、とブーモが鼻で笑った。
「しかもディケドニアって言ったら辺境もいいところじゃないか。確か没落寸前のやつが何とかギリギリ治めているとか、聞いたことがあるな」
さっきまで丁寧だったブーモの口調が、クラインの身元が分かった途端に威圧するような感じになる。
「そんな貴族かどうか怪しいやつが、なんでここにいるんだ?」
「招待状が届いたからです」
「ハッ、そりゃ送ったやつがミスったんだな。おまえみたいな底辺がここに来ていいはずがないんだから」
「……っ!」
やつの言葉にクラインさんは一瞬動揺したが、すぐに気持ちを奮起させたように、
「私のことはどうでもいいんです! それより、エイラさんを離してあげてください!」
「……さっきからうるせえな……ほら、これで気が済んだか?」
やつがエイラから手を離す……が、次の瞬間、その手が握り拳となって、クラインさんの顔に向かってきた。
「おっと、手が滑った」
「っ⁉」
いきなりのことにクラインさんが思わず目をぎゅっとつむり、周りで様子を見守っていた人々も驚きの顔を浮かべたり口元に手を当てる。
そしてやつの拳がクラインさんを殴り飛ばそうとした、その刹那。
「……ライトボール……」
俺は誰にも聞こえないくらい小さくつぶやいて、ブーモの足の先に極めて小さな光の球をぶつけた。
「……うおっ……⁉」
バランスを崩したブーモの拳はクラインさんの顔の真横を通り過ぎ、なんとかブーモはバランスを立て直そうとするも千鳥足のように二、三歩たたらを踏むと、
「わ、わ、わ……」
体勢を立て直せずに、ガッシャーン! と近くにあったテーブルを巻き込んで床に倒れていった。
「……うーん……」
頭の上にひよこが回ってるんじゃないかと思うくらい、ブーモはうめき声を漏らし、最後にトドメを刺すように、テーブルの上から宙に放られていた皿とその中身のサラダがやつの頭に落ちていった。
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