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第一部 始まりの物語
第二十九話 本当の意味で強くなること
しおりを挟む……時間は飛んで、次の日の夜。
俺は魔導士団の建物の一室で、貴族が着るような高級な服に身を包んでいた。
「ふむ、中々様になっているじゃないか」
パーティー直前の最後の打ち合わせということで部屋を訪れていた魔導士団の女団長のウィズが、俺を上から下まで見て言う。
「正直、堅苦しいのは苦手なんだけどな」
自分の服を見下ろしながら、俺もぼやくように言う。ウィズは微笑を浮かべて、
「今晩だけの間だ、我慢してくれ」
「それは分かってるが……」
ウィズと同じく部屋を訪れていた、騎士団の団長のリダエルが笑い声を上げた。
「がっはっは、しかしこんなにも早くシャイナとまた会うことになるとはな。もしやこれはシャイナは騎士団か魔導士団に入れという神の思し召しなんだろう。どうだ、これが終わったらいっそのこと入団しようじゃないか」
スキンヘッドに部屋の明かりを反射させながらそんなことを言ってやがる。
「昨日も言ったが、入団するつもりはないんだ。今回はこの国の一大事だから来ただけに過ぎない」
「そうか、それは残念だ」
「つーか、皇帝の殺害予告が出てるなら、初めてあんたと会ったときに話してくれれば良かっただろ」
「そう言うな。正直に言えば、いくら強いとはいえ、私自身は初対面の人物にこんな重要な依頼をするのは気が引けたんだ」
「……」
リダエルのその言葉に、俺はウィズに視線を向ける。彼女は臆面もなく平然と言った。
「言い忘れたが、今回のことは私の独断だ。無論、陛下も含めて皆には説明して、納得させてある」
「……そうならそうと、最初に言ってほしかったがな。あんたらも一枚岩じゃないってことか」
「それに関してはすまないと思っている。しかし騎士団の者たちに話したら、多くが、あいつなら大丈夫だと言っていたぞ」
付け足すようにリダエルが口を挟む。
「おうよ、特にティムやバーメンなんかはシャイナがいれば百人力だって、いつになく意気込んでいたからな」
「……」
俺は複雑な気分になる。信用されているのはうれしいことでもあるんだが、その分、プレッシャーもかなり大きくなってくる。まあ、この国の一大事で、元より失敗は許されないんだが。
「雑談はこのくらいにして、簡単に最後の打ち合わせといこう」
ウィズが口を開いた。
「私たち魔導士団と騎士団、及び城の近衛兵は主に陛下と皇后妃殿下、皇子殿下と皇女殿下の警護にあたる。また応援に呼んだ官憲や、城の親衛隊、先に言った魔導士団や騎士団の内のいくらかは城の周辺や城門、城内の警備をおこなう」
「……」
俺はうなずく。ウィズは続けた。
「貴殿には地方貴族の一人という設定で、パーティー内に潜入してもらい、怪しい者がいないかそれとなく探ってほしい。無論、パーティーの出席者は皆、身元のはっきりした者ばかりだが、あるいは賊が変装している可能性があるからな」
「もしくは、その出席者自身が犯人って可能性もあるだろ?」
「……」
一瞬ウィズは口をつぐんだが、重々しくうなずいた。
「……確かに、貴殿の言う通りだ。その可能性はないと思いたいがな」
気を取り直したように話を再開する。
「とにかく、その可能性も考慮しつつ、貴殿にはパーティー内の不審人物を探ってくれ。そしてもし発見したら……」
「独断専行は控えて、近くにいるあんたらの仲間に連絡する、だろ?」
「そうだ。可能な限りはそうしてくれ。応援をすぐに駆けつけさせる。これはその為の通信魔法具だ」
そう言って彼女は俺に環状になった装飾品らしきものを差し出してくる。
「これを腕に着けて、魔力を込めれば通信ができる。相手は私に設定してあるから、勝手にいじらないように気を付けてくれ」
「分かった」
それを受け取って、俺は自分の左腕に身に付ける。装飾品とか普段着けていないからか、なんだか違和感があるな。
「なお、昨日貴殿に紹介された者たちにも会って、今回のことを話した所、この国の未来に関わるということで、一も二もなく承諾してくれた。紹介した者が誰なのかは気になっていたようだがな」
「……そうか……」
あいつらが断るとは思っていなかったが……ということは、パーティーや城のなかにサムソンたちも潜入しているってことだ。
気まずい思いや妙ないざこざをしないためにも、なるべく顔を合わせないように気を付けておこう。
……とはいえ、事件が起きたらそんなことも言っていられないだろうが……。
「彼らには城内の各所で、それぞれ警戒にあたってもらうことにした」
「それぞれの場所は?」
「サムソン殿が城門、トウカどのが城内、エイラどのが貴殿と同じパーティー会場内だ」
「……!」
エイラが同じ場所に……。
ぴくりと、思わず俺はかすかに動揺の反応をしてしまうが、ウィズはそれに気付いたふうでもなく続けた。
「それと、ディアどのには城外周辺を警戒してもらうことにした」
「……待て。ディアさんも来てるのか?」
「ああ。私が彼らに会いに行ったときに居合わせてな。是非自分も力になりたいと意気込んで言われたので、彼女にも今回の依頼に参加してもらうことにした」
「……だが、ディアさんの実力じゃあ……」
「何でも、ディアどのは貴殿の窮地を救ったことがあるそうじゃないか」
「……それはそうだが……」
俺を納得させるようにウィズは言う。
「自分の実力不足についてはディアどの自身重々承知しているから、今回の依頼では、あくまでサポートに徹するそうだ。地図魔法と探知魔法で周囲を警戒し、怪しい者がいたらすかさず応援を呼ぶとな」
「……」
それまで黙って話を聞いていたリダエルも口を開いて、
「そう心配すんなって。自分の未熟さや弱さを理解してるやつは、中途半端に強くて調子に乗ってるやつよりも、よっぽど信用できるんだからよ。自分の力量を超えた無理をしないで、素直に味方に頼れるって意味でな」
「……」
師匠にも言われたことだ。強くなろうとすることも大事だが、まず自分の弱さに直面し、理解し、そしてその対策を考える。それが本当の意味で強くなることにもつながるのだと。
ウィズが言う。
「何が起きても覚悟はできているとディアどのは言っていた。サムソン殿達も事件が起きたらすぐに駆けつけるとのことだ。貴殿もそうだろう?」
「……そうだな……」
それはディアさんだけに限らず、いつ、どこで、誰の近辺で事件が起ころうが、すぐさま駆けつけるつもりに違いはない。
「それでも心配するのなら、直接彼らに会いに行ったらどうだ? 昨日からいままで、打ち合わせにも行っていないのだろう?」
「……いや、いい……ディアさんのことも了解した……」
「本当に会わなくていいのか?」
「……ああ……」
俺がうなずくと、ウィズはそれ以上言ってこなかった。
話はまとまったと言うように、リダエルが拳を打ち鳴らす。
「よっしゃ、それじゃあそろそろ時間だし、任務を開始するぞ!」
俺とウィズがうなずきを返して、そして俺たちは部屋を出て、貴族の集まる城へと向かっていった。
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