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第一部 始まりの物語
第二十二話 仲間を思えるなら、テメエらが襲ったやつらのことも思えよ
しおりを挟むとりあえず昼くらいに着く街か村まで乗せてくれ。場所はどこでもいい。
担当の馬車の御者にそう言うと、そのおっさんは変な顔をしながらも了解して、馬車は走り出した。
パーティーを離れて、当てのない放浪の旅。自由気ままと言えば聞こえはいいかもしれないが、目的がないというのは一抹の不安を感じることでもある。
それはそれとして、馬車の揺れに身を任せていると、次第に眠気が襲ってきて、俺はいつの間にか寝てしまっていた。
…………。
馬車が急停止して、ドアが開けられる音に、俺は目を覚ます。
「……着いたのか?」
半分寝ぼけているように、目を擦りながら尋ねると、返ってきたのは粗暴な声だった。
「降りろ!」
言うが早いか、俺の襟元が引っ張られて、俺は馬車の外、草木生い茂る森のなかに放り出される。
「痛って!」
いきなりなんだってんだ⁉ そう思ったとき、口元を汚い布で隠した男が、俺の眼前に汚れたナイフの切っ先を突きつけた。
「殺されたくなけりゃあ、あり金全部出しやがれ!」
……なるほど。盗賊か。
視線を周囲に走らせると、盗賊の仲間が数人に、俺と同じように地面に放り出されている御者のおっさん、それと……もう一台の馬車がいた。
ここからだとその馬車の陰に遮られて見えないが、奥のほうから怯えている男の声が聞こえてくる。
「金なら出す! だから命だけは助けてくれ! 私には大切な家族がいるんだ!」
「ほー、そうかい、だったら早く金を出しな!」
「ほ、ほら、これで全部だ!」
「おいおい冗談はよしてくれよ、貴族みてーなそんないい服着といて、こんなはした金しか持ってねえ訳ねーだろ!」
「本当にこれしかないんだ! 信じてくれ!」
おそらくだが、先に向こうの馬車が襲われていて、その最中にこちらの馬車が鉢合わせした、ってところか。
そのとき、俺の前にいた盗賊が俺の頭を地面に押し付けてきた。
「無視してんじゃねえよ! いいからさっさとあり金を出しやがれ!」
はあ……旅に出た直後にこんな目に遭うとか、幸先悪りいなあ……。
「『グロウアロー』」
「ぐあっ⁉」
俺の前にいた盗賊の手足に光の矢が突き刺さり、やつがうめくとともに、俺の頭から手が離される。
「やれやれ、どうしてこうも悪いやつってのはあとを絶たないんだろうな」
立ち上がり、身体の汚れを払う俺に、盗賊の仲間どもが手に手にナイフを持ちながら襲いかかってきた。
「テメエ!」
「よくも仲間を!」
俺はやつらに手をかざしながら、
「仲間を思えるなら、テメエらが襲ったやつらのことも思えよ」
盗賊たちの手足を光の矢で貫いていった。
……十数分後。
俺たちを襲ってきた盗賊どもを全員縄で縛ったあと、俺はそいつらを自分が乗ってきた馬車に押し込んでいた。
「ふう、なんとか全員入ったな。……俺が乗るスペースはないが」
そんな俺の様子を御者たちは呆気に取られたように眺めていたが……もう一台の馬車に乗っていた男が頭を下げてくる。
「助けていただいて、ありがとうございます! 何とお礼をしたらいいか……」
「気にすんな、慣れてるからな」
最近は特に。
俺は御者に向いて、盗賊たちを親指で示しながら、
「こいつらを近くの村か街の官憲に引き渡してきてくれ。駄賃はやるから」
「い、いえいえ! 助けていただいたのに、滅相もございません!」
「そうか? とはいっても、ここまで来た乗車賃くらいは払わせてくれ」
半ば無理矢理のように御者の手に金を握らせて、そのおっさんを御者台に座らせる。
「ほら、早く行け」
「ですが、お客さんはどうするんですか?」
「乗るスペースがないんだから仕方ないだろ。俺は歩いて近くの村か街に……」
そう言っている途中で、話を聞いていたもう一台の馬車の乗客が口を挟んできた。
「それなら、こちらの馬車に乗っていきませんか?」
振り向く俺に、男は続ける。
「実は帝都に向かう途中でして、助けていただいたお礼も兼ねて、是非乗っていってください」
帝都か……。
ここから近くの村や街まで歩いて向かうとなると、どれだけ近いとしても、かなりの労力と時間が掛かるだろう。
少し考えて、俺はうなずいた。
「頼む」
それから、もう一度御者のおっさんに向いて、
「どうせだから、こっちも一緒に行こう。なかにいる盗賊どもが暴れたときや、途中でなにかあっても、俺がなんとかできるしな」
「そうですね、お願いします」
俺は男とともにもう一台の馬車に乗り込んで、そうして俺たちは帝都に向けて出発した。
俺たちが乗る馬車の後ろを盗賊たちを積んだ馬車が走っていくなか、
「ここから帝都まではどのくらいで着くんだ?」
自分の懐中時計を見ながら、俺は対面に座る男に聞く。
街を出発してから盗賊に襲われるまで寝ていたせいで、いまどこらへんにいるのかいまいち把握していなかった。まあ、行き先をテキトーにしていたってのもあるが。
身なりのいい服を着た男も自分の懐中時計を取り出しながら、
「そうですね、いまが七時くらいなので、あと二時間ほどで着くでしょう」
「そうか」
腹は少し減っているが、それくらいで着くなら、帝都に行ってから朝食にするか。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はクラインと申します」
「俺はシャイナだ」
俺はクラインさんの服装に目を向けて、気になっていたことを尋ねる。
「その服、もしかして貴族なのか?」
たはは、とクラインさんは頭に手を起きながら苦笑した。
「一応そういうことにはなっているのですが、いまはもう見る影もありません。没落一歩手前の貴族といったところです」
「……そうか……」
「シャイナさんは見たところ冒険者のようですが……先程も盗賊たちを一瞬で倒すくらいお強かったですし」
「光魔導士をやってる」
「へえ!」
クラインさんは身を乗り出すようにして、
「それなら、帝都の魔導士団に入ってみてはどうですか? きっとすぐに幹部クラスになれますよ」
「あー……」
サムソンから言われたことを思い出す。
俺はひとりで戦うときこそ真価を発揮する、と、あいつは言っていた。
「悪いが、あんまりそういうのは興味なくてな」
「そうですか……それは残念ですね」
「クラインさんはどうして帝都に?」
「明日の夜に、帝都で周辺の貴族を招いたパーティーがありまして。それに招待されたので、出席するのですよ」
嬉しそうにクラインさんは続ける。
「そこでは皇帝様もお目にかかるとのことで、もしそこで良い印象を残せれば、私の一族もかつてのように再び威光を取り戻せるのではと思いまして」
「ふーん、張り切ってるな」
「それはもちろん!」
「それなら、その服の汚れはちゃんと落としとけよ」
「あ……」
うっかりしていたのだろう、クラインさんはまた苦笑した。
「そうですね。パーティーまでに何とかしておかなくては」
それからも俺たちは世間話に興じて、そして馬車の窓の外に帝都の外壁が見えてきた。
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