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第一部 始まりの物語
第十五話 ディアさんは足手まといなんかじゃないんだ
しおりを挟む鼻が折れたのだろう、鼻血を出しながらクソヤローが白目を向いて倒れていく。先に倒していた手下たちも含めて、やつらが起き上がる気配はない。
「散々クズなこと言ってたわりに打たれ弱いヤロウどもだ……」
やつらを見渡しながらそうつぶやいた俺は、
「やべ……」
やつらを倒し、子供を救い出したことに安堵したせいか、そのまま仰向けに倒れていった。
「シャイナさん⁉」
「おにーちゃん⁉」
ディアさんと捕まっていた女の子の声が響き、二人が俺の元へと駆け寄ってくる。
「シャイナさん! こんなに殴られて……っ」
「死んじゃイヤ! おにーちゃん!」
死なねえよ……ちょっと疲れただけだ……。
泣きそうになっているディアさんと、実際に涙目になっている女の子を安心させるために、いつもの調子でそう言おうとしたのだが、その声は蚊の鳴くような小さなものになってしまった。
情けねえところを見せちまってるな……そう思いながら、今度は二人にもちゃんと聞こえるように、精一杯の声を振り絞って言う。
「……すまねえけど、肩貸してくんねえか……さすがに殴られすぎちまったみてーだ……」
「は、はい! 分かりましたっ!」
ディアさんが俺の腕を自分の肩に回し、俺の身体をなんとかして起こすと、重荷を運ぶようにして建物の入口へと向かっていく。
「シャイナさんに言われた通り官憲を呼びましたので、もうすぐ着くはずです! それまでの辛抱ですから!」
俺が自分の身体に力が入らないせいで、ずるずると足先を引きずる格好で彼女は俺を運んでいく。その姿があまりにも痛々しいのか、横をついてくる女の子は泣きべそをかいていた。
傷付いた俺を助けることに懸命なディアさんを霞みつつある視界で見て……俺は言う。
「……さっきはすまなかった……ディアさんが足手まといみたいな言い方をして……」
「なに言ってるんですか、こんなときに。そんなこと、いまは……」
「……ディアさんは足手まといなんかじゃない……」
「……え……?」
すぐそばで俺を見る彼女に、俺は続ける。
「……ディアさんがやつを攻撃して女の子を取り返してくれなかったら、間違いなく俺は殺されていたし、女の子も痛めつけられていたはずだ……俺とその子が助かったのは、間違いなくディアさんのおかげなんだ……」
「シャイナさん……」
つぶやく彼女に、俺はなおも言葉を重ねる。
「……それと、これは言い訳に聞こえるかもしれないが……もしここにいるのがディアさんじゃなくてトウカだったとしても、やはり俺はあいつに官憲を呼んで来るように言っていたと思う……」
「え……? だってトウカさんはわたしよりもずっと強いはずじゃ……」
実力は全然違うはずなのに、なぜ自分とトウカで同じことを言いつけるのか……その理由が分からない様子のディアさんに、俺は説明する。
「……さっきも言ったが、増援を呼ばずに二人ともが乗り込んで、万が一にでも全滅したら、何の意味もないからだ……増援を呼べるのなら、可能な限りそうして、全滅のリスクを回避する……」
「……学院で習った、戦いの基本……」
ティムがサイクロプスを一人で討伐できなかったから、ギルドにクエストを依頼して実力者を募ったこと……あれもやはり、広義の意味でこの『増援を呼ぶ』ことに該当するだろう。
学院で習ったことをいま思い出してつぶやいた彼女に、俺は続ける。
「……そうした上で、トウカには急いで戻ってきてもらって、戦いに加勢してもらう……ディアさんとトウカで、俺が言うことに違いがあるとすれば、それだろう……」
「それって、やっぱりわたしの実力じゃ……」
俺は残っている力を総動員して、かすかに首を横に振る。
「……だが、ディアさんは自分の判断で戻ってきて、俺たちを助けてくれた……たとえどんなにランクが低くても、実力が弱くても、自分にできる精一杯のことをして、俺たちを助けてくれた……だから、さっきも言ったが、ディアさんは足手まといなんかじゃないんだ……」
「シャイナさん……っ……!」
俺の言葉に胸が熱くなったのか、彼女は言葉に詰まったような声を漏らす。
そんな彼女に、俺はかすかに笑いかけた。
「……そもそも俺だってFランクだしな……あと増援を呼ぶってのもケースバイケースで、絶対ってわけじゃねえし……」
昨日のスライムの大群を倒すときや、今回の誘拐犯退治に関しては、他の冒険者や官憲を呼んでいる間に、街の人々や誘拐された子供が危険に晒される可能性があった。だから俺は増援が来る前に、先んじて行動したわけだが……。
彼女とそんなことを話している間に、建物の入口にたどり着いたらしく、霞がかった視界に馬車が映り込んで、遠くのほうから大勢の人間がやってくるような足音が聞こえてくる。
「シャイナさん、官憲ですよ! ヒーラーのかたや冒険者のかたがたもいます! シャイナさんのこの怪我もすぐに治りますよ!」
かすかに首を動かして通りの向こうを見やると、彼女の言う通り、ぼやけた視界に大勢の人間が映り込んだ。
「……そうか……良かった……これで、もう……」
……この子とディアさんは助かった……。
安心感が込み上げてきたのとほとんど同時に、俺の意識は闇に落ちていった。
「シャイナさん? シャイナさん⁉」
意識を完全に失うその一瞬前に、そう呼びかけてくるディアさんの必死な声と不安に満ちた顔が見えた。
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