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第一部 始まりの物語
第十二話 追いついた……!
しおりを挟む昼時ということもあってか、俺とディアさんがいる公園には他にもベンチに座って昼食を食べる人たちや、散歩している人、ボールで遊んでいる子供たちなどがいた。
「ディアさんはいつもここで昼メシ食ってるのか?」
先ほど彼女に事件解決の礼を言われたのだが、その気恥ずかしさをごまかすように俺がそう尋ねると、彼女はハニカミながら、
「あのギルドで働き始めたのは最近ですけど、研修とかで外に出たときはよく来ますねー。この公園って花壇や自然が多いし、昼間は太陽があたって暖かいんですよー」
「ふーん」
そういえば、今日は彼女は受付ではない別の仕事をしているということだった。なにをしていたのか興味が湧いて、聞いてみる。
「受付以外の外の仕事って、なにしてるんだ?」
もぐもぐとサンドイッチを食べている口を手で覆いながら、彼女は答える。
「わたしはまだ新人なので研修で習ったり先輩から聞いたことなんですけど、商店や他の職業ギルドに出向いてクエストの依頼がないか営業したり、街のなかで魔物関連の騒ぎが起きたときにそれを調べたり……そのあと直接ギルドがその魔物の討伐依頼を出すこともあるそうです」
「へえ」
冒険者ギルドってそういうこともやってんだな。
「ちなみに今日はなにをやってたんだ?」
「今日は、昨日のスライムの事件で、どうしてスライムが空から降ってきたのか調べてました。目撃した街の人たちから話を聞いたり、専門家のかたに意見を伺ったり」
俺は昨日のことを思い出す。スライムは主に湿地帯に生息し、人里を襲うことはあるが、空から降ってくるなんてことはないはずだし、聞いたこともない。
「原因は分かったのか?」
彼女は首を横に振った。
「全然です。専門家のかたも、そんな前例は聞いたことがない、って」
「そうか……」
原因が分からず、それに対処することができないとなれば、いずれまた同じことが起こる可能性がある。
「……」
「……」
またスライムがこの街を襲うかもしれない……その不安に、俺とディアさんは知らず沈黙してしまう。
「魔法は一回だけって言っただろー」
「ごめんごめんー」
公園の向こうのほうで、ボールを蹴って遊ぶ子供たちのそんな声が聞こえてきていた。
そちらのほうに目を向けていた俺は、視線をディアさんに向けると、気を取り直したように言った。
「喉渇いただろ? 飲み物買ってくるよ」
「そんな、悪いですよ。わたしが自分で……」
「気にすんなって。俺もなにか飲みたかったし……」
そう言いながら俺が立ち上がりかけたとき、公園の外の道から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「「⁉」」
俺はとっさに駆け出し、少し遅れてディアさんも後ろを駆けてくる。
公園の外に出ると、道にへたりこんで手をその道の先に伸ばしている女性の姿が目に入ってきた。
「誰か! 私の子供が!」
女性の視線の先を追うと、道の向こうを走り去っていく一台の馬車があった。
「誘拐か⁉」
俺はその馬車に手をかざし、逃げられないように、
「『グロウ……』」
光の魔法の矢を撃ち出そうとしたとき、同じように状況を察したディアさんが慌てて言ってきた。
「待ってくださいシャイナさん! いまあの馬車を撃ったら、なかにいる子供まで怪我をしてしまいます! もし死んでしまったら!」
光の矢そのものか、あるいは馬車の転倒に巻き込まれてか、驚いた馬に踏みつけられるということもあり得る……ディアさんはそれを危惧しているのだ。
「だがいま誘拐犯を逃せば……!」
「探知魔法を使います! 『マーキング』!」
ディアさんの人差し指に小さな光が灯り、彼女がその腕を振ると、その小さな光が馬車へと飛んでいって、馬車の後部車輪の上のほうにぴたりとくっついた。
「『マップオン』!」
ディアさんの声とともに、彼女のそばに小さな光の窓枠が現れる。この街の地図と、そのなかを移動する光の点。昨日のクエストでティムが使っていた探知魔法と同じものだろう。
「これで場所は分かります。あとは官憲が来るのを待って……」
「そんなの待ってられるか!」
いまこうしている間にも子供は怖い思いをしているはずだ。それに、誘拐だとすれば命を取ることまではしないかもしれないが、死なない程度に怪我をさせられる可能性は充分ある。それが原因でトラウマを抱えることもあるかもしれない。
俺は近くで馬を連れていた男の元まで駆け寄ると、
「おっさん! 馬借りるぜ!」
「え、あ、ちょっと⁉」
おっさんが戸惑った声を上げるなか馬を走らせようとした俺に、ディアさんが駆け寄って言ってくる。
「待ってください! 行くならわたしも! 道案内が必要なはずです!」
「……、乗れ!」
ディアさんが急いで後ろに乗って、そして彼女の案内の元、俺は馬を走らせた。
馬を疾走させながら、俺は後ろにいるディアさんに言う。
「探知魔法使えたんだな」
「はい、学院で習った基本的なものですけど……次の角を左です」
道を左に曲がるが、誘拐犯の馬車はかなりの速さで走っているのか、その背中すら見えていない。
「そういや、聞いたことなかったが、ギルドの受付嬢の前はなにやってたんだ?」
一瞬の間のあと、彼女は言いにくそうに答えた。
「……学院を卒業したあと、少しの間ですけど冒険者してました。……でもずっと、他の人たちはランクが上がってるのに、わたしはDランクのまま上がらなくて、クエストでも失敗ばかりで……それで才能の限界を感じて……」
「……ギルドの受付嬢になったってわけか」
こくり。馬から振り落とされないように、手綱を握る俺の身体に手を回している背後のディアさんが、かすかにうなずく気配がした。
「……次の角を右です。その先でマーキングは止まってます」
昔のことを思い出したせいだろう、そう言うディアさんの声は元気がないように落ちていた。
俺は馬を右に曲がらせる。周囲にはいくつもの倉庫らしい大きな建物があり、その道のずっと向こうに、目的の馬車が停まっているのが見えた。
「追いついた……!」
それを見据えながら、俺は言った。
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