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第一部 始まりの物語

第七話 ……シャイナ

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 サイクロプスを討伐した俺たちはティムの空間転移魔法具によって、一度帝都の外壁門前に戻ってきていた。
 いままで森のなかにいたから気付かなかったが、時刻はすでに夕方に差し掛かっているらしく、辺りにはオレンジ色の陽の光が満ち始めていた。


「お二人とも、本日はサイクロプスの討伐にご協力していただき、本当にありがとうございます」


 そう礼を述べるティムの傍らには縄を巻かれて、未だに気絶したままのゴロツキが横たわっている。


「いや、サイクロプスを討伐したのはシャイナどのだ。わたしはなにもしていないさ」


 ルナがそう応じるが、ティムはいえいえと返す。


「そんなことありませんよ。ねえ、シャイナさん」
「ああ。最初にサイクロプスが木を投げてきたとき、ルナたちが対処してくれなければ、俺たちはダメージを受けていただろうし、それに、そこのゴロツキが俺を襲ってきたときも、止めようとしてくれなければ俺は深手を負っていたかもしれない」


 ティムに話を振られたので俺は思っていたことを言ったのだが、ルナはそれをお世辞だと受け取ったらしい、難しそうな顔で口を開いた。


「それらだって、本当はシャイナどの一人で対処できたのではないか?」
「あ、いや、その……」


 自分自身いま思ったことなのだが、どうやら俺はウソをつくのが上手くないらしい。少したじろいだ俺に、ルナは悪戯っぽい微笑を浮かべた。


「ふふ……すまない、厚意にいじわるをするようなことを言ってしまって」


 それから真面目な顔に戻って、


「わたしももっと鍛練しないとな、実力もそうだが、人を見る目的にも。まさかシャイナどののような、ランクと実力が合致しない者がいるとは」
「いや、俺みたいなやつのほうが珍しいと思うぞ」
「そうだとしても、だ。……シャイナどの」


 改めて居住まいを正してルナは言った。


「今度会ったときにでも、一度手合わせをしないか? わたしはしばらくはこの帝都の近くの街にいるつもりだから……」
「……もしかして、ルナも強いやつと戦いたいっていう口のやつか?」
「まあな。シャイナどのの知り合いにもいるのか?」
「ああ」


 パーティー仲間だった武闘家のトウカがまさにそうだった。
 俺はルナに言う。


「まあ、手合わせくらいなら構わないぜ。いつになるかは分からないけどな」
「ありがとう。そのときを楽しみにしているよ」


 俺たちの話が終わるのを見て取って、ティムが声を掛けてくる。


「話も終わったようですし、それではお二人をそれぞれの街に帰還させたいと思いますが……」


 ティムがルナの、いまはもう傷薬のおかげで傷が塞がっている左腕に目を向ける。


「ルナさん、一応念のために帝都のヒーラーに怪我を見てもらいましょう」
「いや、心配しなくても大丈夫だ。傷薬も使ったしな」
「そうは言いますが、やはりヒーラーのかたに完全回復してもらいましょう。万が一、傷口から感染症でも引き起こしたら大変ですから」


 クエストの依頼主であり帝都の騎士団に所属しているという立場上、自分のクエストの参加者がそのような事態になったら、ティム自身大変なことになるのかもしれない。
 ティムは付け足すように、


「ヒーラーの診療費に関しては心配しないでください。クエスト遂行中の怪我なので、騎士団の経費になりますから」
「いや、しかし……」
「私自身、参加者のかたには健康で万全な状態で帰還してほしいのですよ」
「そこまで言うのなら……」


 ティムの熱意に負けたように、渋々といった様子ではあったがルナはうなずく。
 ティムは今度は俺のほうを見て、


「というわけで、シャイナさんも見てもらいましょう。ヴェトリーに切りかかられたときに、脇腹をかすめていたようですし」
「……」


 やれやれ……このぶんじゃ、かすり傷だから大丈夫、というセリフは通用しないだろうな。
 参ったというように俺は肩をすくめて、


「了解」


 そう答える。ティムはほっとしたように息を一つつくと、


「それではお二人をヒーラーのもとに連れていきたいと思いますが、その前に少しだけお待ちください。ヴェトリーを帝都の官憲に引き渡しておかなくては」


 そう言ってティムは指輪に魔力を込めると、縄を巻かれたヴェトリーとともに空間転移していった。
 ティムが戻ってくるまでの時間が手持ちぶさたになったのか、ルナが話しかけてくる。


「そういえば、倒したサイクロプスは騎士団が回収して、武器や防具の素材にするのだろうか?」
「たぶん、そうじゃないか? サイクロプスの角や牙や爪はいい素材になるしな。俺が倒したケルベロスたちも近くにいるし」
「ふむ。……それにしても、シャイナどのはどのような鍛練をして、あのような強さを身に付けたのだ?」
「……メチャクチャな師匠にメチャクチャ鍛えられてな……」


 昔を思い出して、俺はげんなりとする。


「……?」


 そんな俺の様子にルナが首を傾げたとき、淡い光とともにティムが戻ってきた。


「それでは行きましょうか、お二人とも。……何か話をされていたのですか?」


 ティムの問いに俺は答える。


「倒したサイクロプスやケルベロスはどうするのか、ってな。やっぱり騎士団が回収して武具の素材にするのか?」
「ええ、そのつもりです。もしご希望なら、お二人にもその素材を提供しましょうか?」


 俺は魔導士だから、長剣や鎧といった重い装備品はあまり必要ないが……。
 俺とルナは少し考える素振りをして……二人同時にうなずいた。


「ああ、頼む。売れば、今後の資金の足しになるからな」
「わたしもお願いする」


 俺たちの返答に、ティムは了解したというようにうなずいて、


「分かりました。では二、三日後くらいにお二人の登録ギルドにその素材を届けておきます。あと今回の討伐報酬金に関しても、明日には振り込んでおきますね」


 俺とルナはうなずいて、そして俺たちは帝都のヒーラーの元へと向かっていった。
 


 ……約一時間後。


「では、機会がありましたら、そのときはまたお願いします」
「ああ。こっちこそ、送ってもらってサンキューな」
「いえいえ、これに関しては連れていった私の責務ですから。……では、これで」


 ティムの空間転移魔法具によって元いた街の入口の前へと帰還した俺は、淡い光とともに消えていくティムを見送ったあと、街のほうへと目を向ける。
 陽の光はすでに地平線の彼方に没していて、辺りは暗くなっていた。夜空には欠けた月といくつかの星の光が瞬き始めていて、街のなかには街灯や酒場、宿屋などの明かりが灯っている。


 ……さて、今日の宿はどこにするか。


 さすがにパーティーを追い出された身で、そのパーティーメンバーのサムソンたちのいる宿屋に泊まるのは気が引ける。


 ……確か他にも宿屋はあったはずだから、それに向かうか。


 追い出される前、サムソンたちとともにいた宿は宿泊費が安い割に設備が整っていて、加えて掃除が行き届いていて綺麗でいいところだった。なので、正直な話、そこに泊まれないのは残念だが、こればかりは仕方ないだろう。


 ……鉢合わせして、お互いに気まずい思いもしたくないしな……。


 そう思いながら道なりに歩いていくと、料理屋に隣り合った場所に一軒の宿屋があるのを見つけた。
 多少年季が入っていて、ところどころボロいが、まあ今日はここでいいか。
 そう思ってそのオンボロ宿屋に足を向けたとき、近くで「あ」という声が聞こえた。そっちのほうに目を向けると、昼間のギルドの紫ポニテ受付嬢が、パンなどの食べ物が入っている紙袋を抱えて立っていた。
 いきなり遭遇したことにびっくりしているのか、その受付嬢はしどろもどろになりながら話しかけてくる。


「あ、あの、戻ってきてたんですね、シャイナさん」
「ああ、なんとかな。えーっと……ギルドの受付嬢さん」
「あ、そ、そういえば、自己紹介がまだでしたね、わたしはディアっていいますっ。こ、この近くに住んでるんですけど、もしかしてシャイナさんはそこの宿屋に泊まるんですかっ?」
「ああ、そのつもりだが……」


 俺がうなずくと、なにをそんなに慌てているのか彼女は矢継ぎ早に、


「あ、あの、昼間は本当にありがとうございましたっ! あのあと言われた通りに街を見て回って、怪我をした人たちをヒーラーさんたちに治してもらいましたっ。シャイナさんがすぐにスライムを倒してくれたので、幸いなことに死んだかたは一人もいませんでしたっ!」
「そうか……それは良かった」


 俺はほっと息をつく。すると、彼女は少しそわそわしながら、


「そ、それでですね、お呼びしたヒーラーさんのなかにエイラさんというかたがいまして、そ、その、なんだかシャイナさんのことを探していたみたいで……」
「エイラが?」
「お、お知り合いですか?」
「ああ、まあ……」


 エイラは俺が追い出されたパーティーのメンバーの一人だ。そのエイラが俺を探していた……。
 それの意味するところを考えようとしたとき、オンボロ宿屋の入口が開いて、武闘家姿の女が出てきた。


「……シャイナ」
「トウカ……」


 向こうがこちらに気付いた声を出して、俺も思わず声を漏らす。
 その武闘家の女は、俺がいたパーティーのメンバーの一人……トウカだった。



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