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第一部 始まりの物語

第三話 本当にありがとうございます!

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 スライム。食べ物のゼリーに似た外見をしていて、透けて見えるその身体のなかには核と呼ばれる、人間にとっての脳と心臓を合わせたような、球体状の生命維持器官を内包している。
 そのスライムがあまつさえ空から大量に降ってきていて、街の建物や人々に襲いかかっていた。


「な、なんですか、これはっ⁉」


 俺のあとを追ってきたのだろう、紫ポニテの受付嬢が驚愕に満ちた顔で隣にいた。


「スライムだ。青色をしているから、ブルースライムだな」


 魔物のなかには体格的には同じでも、体色が異なるものがいる。スライムもその一種で、青色のブルースライムは水や氷系の攻撃を主にしてくる。
 俺の言葉に、受付嬢はこちらを見て、


「それは分かります、そうじゃなくて、どうしてスライムが空から……⁉」
「そんなこと俺が聞きたいな」


 種類にもよるが、スライムは基本的に水辺や湿地帯に生息している魔物だ。無論、食糧を求めて人里を襲うことはあるが……空から降ってくるなんてことは、いままで見たことも聞いたこともない。


「とにかく、街をメチャクチャにされる前にこいつらを討伐しねえと……! 一応、あんたは下がってろ」
「な、なに言ってるんですか⁉ ブルースライムはDランクですし、こんなにたくさんいるんですから! Fランクのあなた一人じゃ……! いま応援を呼んで……」
「そんなの待ってられるか!」


 こうしている間にも、スライムたちによって放たれた酸や氷塊などの攻撃によって、あちこちの建物や人々が傷付き、倒れていっている。なかには、巨大な水の塊に閉じ込められて、もがき苦しんでいる人々もいた。
 事は一刻を争うだろう。
 俺はなおもスライムが降り注いできている空に右手を伸ばして、呪文を唱えた。


「『我が名はシャイナ。光魔を導く者なり。光の雨撃よ、この街を脅かす我が敵に降り注げ、ブライトレイン!』」


 レッドドラゴンのときとは違う呪文。ドラゴンのときに唱えたのは威力強化だったが、今回はこの街全体をカバーできるくらいの魔法範囲にするための、範囲拡大の呪文だ。
 右手のひらの先、この街の上空に、この街を覆うほどの巨大な魔法陣が浮かび上がり、円や幾何学模様が描かれているその陣から無数の光の矢が降り注いで、街に蔓延るブルースライムたちを貫いていった。
 それとともに無数の衝撃音と視界を埋め尽くすほどの閃光が辺り一帯に満ちていき……。


「きゃあ……っ⁉」


 隣にいた受付嬢が、ぎゅっと目をつぶり、耳を押さえながらその場にへたりこんでしまう。受付嬢だけでなく、街にいた人々も皆一様にその場に倒れたり、うずくまっていた。


 ……しまった……!


 閃光と音がやみ、周囲が徐々に色を取り戻していく。街には討伐したスライムの残骸や助かった人々や建物の姿が広がっていて、本来ならば喜ぶべきところなのだろうが、俺は苦々しい思いでそれらを見つめていた。


 ……さっきサムソンに言われたばかりじゃねえか……! バカか、俺は!


 今度からは気を付ける、俺はサムソンにそう言ったのにもかかわらず、こうしてまた同じ過ちを繰り返している。
 街をスライムの脅威から守るため仕方がなかった……そう言い訳をすることもできるだろう。
 しかし、俺は自分自身に怒りを覚えていた。過ちを繰り返す自分に、拳を握りしめ、心のなかで舌打ちをする。


 ……クソがっ!


 俺が俺に毒づいているとき、隣で呆気に取られたような声が聞こえてきた。


「これは……いったいなにが……?」


 見ると、地面にへたりこんだまま、顔だけ上げた受付嬢が周囲を見回していた。状況を把握しようとするように、俺のほうを見上げてくる。


「もしかして、あなたがやったんですか……?」
「……」


 彼女の言葉に責めるような響きはない。だが、一時的とはいえ彼女や街の人々の視覚と聴覚に強烈な衝撃を与え、へたりこませたり倒れさせたりしてしまったことは事実だ。


「……すまなかった……」
「……え……?」


 だから、第一声は謝罪の声だった。


「あんたたちを怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、一刻も早くスライムを倒そうと思っていたら、手加減をすることを忘れちまってて……」
「え? え?」
「だから、すまなかった」


 俺が二度目の謝罪を告げたとき、開いたままになっていた背後のドアの向こう、ギルドの建物のなかから、パチパチパチと拍手の音が聞こえてきた。


「いやあ、素晴らしい。あれほどの量のブルースライムをたった一人で、それも一瞬で全滅させるとは」


 拍手とともに聞こえてきた声に振り返ると、そこには軽装の剣士といった出で立ちの、緑髪の男がいた。そいつが続ける。


「その若さでこれほどの実力をお持ちとは、お名前をうかがってもいいですか?」
「……シャイナ。あんたは?」
「これは失礼。私はティム。帝都の騎士団に所属しています。いまはとある任務があって、この街にいるのですが」
「そうか……あんたも俺のせいで目と耳がやられちまっただろ、悪かったな」
「いえいえ、お気になさらずに。スライムを倒すためですし。そんなことより、シャイナさんのその実力を見込んで、お願いがあるのですが」
「お願い……?」


 俺が疑問を口にすると、そいつはにこやかに笑いながらうなずいて、


「ええ。実はいまサイクロプスの討伐クエストを依頼しているのですが、まだ二人しか集まっていなくて。それにシャイナさんも参加していただけたら、と」


 サイクロプスの討伐依頼。あれを依頼していたのが、こいつだったのか。
 俺はちらりと、隣でいまだにへたりこんだまま俺たちの会話を聞いていた受付嬢のほうを見てから、


「悪いな。俺はFランクだから、そのサイクロプスの討伐には参加できねえんだ」
「Fランク⁉」


 俺のその言葉に、緑髪の男は見るからに驚愕した顔を浮かべて、目を大きく見開いた。そして、あはははと高らかに笑って、


「ご冗談を。それだけの実力がありながらFランクなわけないでしょう。Sランクの間違いですよね」
「いや……事実だ」
「は……?」


 そいつはハトが豆鉄砲を食らったような、信じられないという顔をする。
 そんな反応はいつもならテキトーにスルーするんだが、いまは、さっきの閃光と衝撃音のことも相まって、俺はどことなく気まずい思いになった。
 緑髪の男は納得いかないというように、


「信じられない。まさかこんな逸材がFランクに甘んじているとは……。いったいランク試験官たちは何をしているんだ……!」
「いや、そいつらはべつに悪くは……」


 俺の言葉など聞こえていないというように、そいつは言った。


「とにかく! シャイナさんには是非ともサイクロプスの討伐に参加していただきたい。依頼内容にもランク指定はしていませんし。あなたがいれば、サイクロプスなど簡単に討伐できるでしょう!」
「いや、だが……」


 俺はもう一度、隣にいる受付嬢に視線を向ける。
 参加してはダメです! と、彼女にさんざん言われた手前、ここで首を縦に振るのは……。
 俺がそう思っていると、緑髪の男は俺の隣にへたりこんだままの受付嬢のほうを向いて、


「ギルドの受付嬢さん!」
「は、はひ⁉」


 いきなり呼び掛けられて、紫ポニテの受付嬢が声を裏返させた。


「な、なんでしょうか⁉」
「あなたからもお願いしてください! あなたも先ほどのシャイナさんの強さは見たでしょう⁉ 彼ならサイクロプスの脅威から人々を守れるんです!」
「えっと、あの……」
「クエストの依頼主である私が言ってるんだ、反対する理由はないでしょう!」
「その、えっと……」


 どう返事をすればいいのか戸惑っている様子の紫ポニテ受付嬢が、ギルドのなかで俺たちの成り行きを見守っていた他の受付嬢や職員のほうに顔を向ける。
 判断を仰ごうとする彼女に、他の受付嬢や職員はうんうんとうなずき、上司と思われるおっさんもこくりと首を縦に振った。
 それらを見て、紫ポニテ受付嬢は緑髪の男に顔を向けると、


「わ、分かりました。ティムさんが依頼したサイクロプスの討伐クエストに、シャイナさんをエントリーいたします」
「ありがとう、受付嬢さん!」


 本当にうれしかったのだろう、緑髪の男は拳を握ってガッツポーズした。


 ……なんか、クエストにエントリーすることがこんなに大げさなことになるとは……。


 ……とにかく、決まったからには、今度こそ味方を巻き込まねえように注意しねえと……。


 その後、ギルドの受付で正式にクエストへのエントリーを済ませると、俺はティムの持つ指輪型の空間魔法具で、他のクエスト参加者の待つ場所まで行くことになった。


「それでは行きますよ、シャイナさん」
「その前に、ちょっと待っててくれ」
「なにか?」
「ちょっとな」


 俺はギルドの受付の向こうで、立ちながらこちらを見守っていた紫ポニテ受付嬢の元まで向かい、


「言い忘れていたんだが」
「は、はひ⁉ な、なんでしょうか⁉」
「もしかしたら、さっきの俺の魔法のせいで、街の誰かが体調を崩しているかもしれない。できる限りでいいから、街の様子を見て、そういうやつがいたらヒーラーを呼んでおいてくれ」
「わ、分かりました! こ、この命に代えても!」
「いや、そこまで気負う必要は……」
「あ、そ、そうでふよね!」


 噛んだ。
 やはりさっきの閃光の影響が残っているのだろうか、目の前の紫ポニテ受付嬢はどこか落ち着かない様子でそわそわしていた。


「あんたもヒーラーに見てもらったほうがいいかもな」
「へ?」
「とにかく、頼んだぞ」
「は、はひ!」


 一応、近くにいた彼女の上司のおっさんにも目を向けると、了解したというようにそのおっさんは力強くうなずいた。
 用件が済んで、俺はティムの元に戻る。


「さあ、行くぞ」
「では……」


 ティムが指輪をはめた拳を自分の身体の前に持ってきて、魔力を込め始める。俺たちがいる床に淡く輝く魔法陣が浮かび上がり、俺たちの身体がその光に飲み込まれようとしたとき、


「あ、あの! わたしも言い忘れてました! さっきは街のみんなを助けていただいて、本当にありがとうございます!」


 俺の背中に紫ポニテの声が響いてきて、


「気にすんな」


 背中越しに手を振り返して……そして俺たちは目的の場所に向かっていった。
 

 
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