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第一部 始まりの物語

第二話 ……なんだこりゃ……⁉

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 ……さて、これからどうしようか。


 宿屋を出て、すぐ近くの街路樹に寄りかかりながら考える。
 手持ちの金は紙幣と硬貨がそれぞれ数枚ずつ。数日は食うに困ることはないだろうが、それでも金を稼ぐためにクエストをいくつかこなしておいたほうがいいか。
 サムソンからパーティーを追い出されたとはいえ、この街から出ていけとまでは言われていない。他の街に移動するのも時間と金が掛かるし、この街のギルドに行くか。
 少なくとも別の街に向かうのは、馬車代とか、もう少し手持ちの金に余裕ができてからにしよう。


 ……さっきは二度と会わないだろうとか言ったが……もしサムソンたちと鉢合わせしたら、そのときはテキトーにはぐらかすか。


 とりあえずの方針を立てて、俺はこの街のギルドに向かうために歩き出した。
 


 ……十数分後。
 冒険者ギルドのドアを開けてなかに入り、いくつかある受付のうち、すぐ近くの受付があいていたのでそこに向かう。
 俺が来るのを見て取って、そこに座っていた受付嬢がニコリと営業スマイルをする。


「ようこそ、当ギルドへ。本日のご用件はなんでございましょうか」
「金を稼ぎたくてな。なんか適当なクエストはないか」
「かしこまりました。お一人さまの申し込みということでよろしいですね」
「ああ」
「それではまず、お客さまのランクを確認させていただきます。いまその魔法具を……」


 ごそごそと、ランク確認のための魔法具を取り出そうとするその受付嬢に俺は、ん? と思う。
 確かに、それぞれのクエストには依頼主などが希望ランクもしくは推奨ランクを設定していることもある。
 しかし俺は、正確には俺が所属していたパーティーはだが、この街でレッドドラゴン討伐クエストの際にランク確認をしていたはずだ。
 目の前にいる、紫色の髪を頭の後ろで束ねているその受付嬢に俺は言った。


「それなら何日か前にここに来たときに済ませて、ギルドに記録しているはずだが。あれからランクも変動していないしな」
「あ、これは失礼いたしました。それでは記録を確認いたしますので、お名前をおっしゃってください」
「シャイナ。……もしかして、あんた、新人か?」
「あ、はい、そうなんですよ。実は昨日ここに配属されたばかりで。お仕事の内容や手順とかは研修で習ったんですけど……」


 明るい声音で言いながら、その受付嬢は本型の魔法具を取り出すと、ページを開いて、


「冒険者ランクの確認、名前はシャイナ」


 とつぶやく。するとその本の開いているページが淡く光りだし、そのページの少し上辺りの空中に俺の名前とランクが浮かび上がってきた。
 


【氏名:シャイナ
 冒険者ランク:F
 所属パーティー:『勇気ある者たちの集い』】
 


「えーっと、冒険者ランクは、F……。……」


 俺のランクを確認したその受付嬢が気まずそうに押し黙る。無理もないだろう。Fランクといえば最低のランクであり、一般的にはランクの値が実力だと思われているからだ。
 そしてそのために、ギルドはFランク冒険者にだいたいのクエストの受注を推奨していないし、クエストの依頼者もFランクを希望しないことが多い。
 もちろん、そうではないこともあるにはあるのだが……。
 紫ポニテの受付嬢が俺の様子をうかがうように、上目遣いでこちらを見てくる。


「あの、確認なのですが、このランクで間違いないでしょうか……?」
「ああ、間違いない」
「こ、これは失礼いたしましたっ」


 戸惑ったようにあたふたとする受付嬢に、俺は言った。


「いや気にしなくていい、慣れてるからな」
「そ、そうですか……?」
「ああ。あとついでに、所属パーティーの項目を削除しといてくれ。さっきやめてきたからな」
「は、はい、かしこまりました」


 受付嬢が本につぶやく。


「冒険者シャイナの項目削除。削除対象、所属パーティー……え、ええっ⁉」


 本から所属パーティーの文字が消えていくなか、受付嬢が驚きの声を上げた。いきなり出たその声に周囲にいた他の受付嬢や冒険者がこちらに目を向ける。


「あ、すみません、なんでもありません」


 周囲の者に頭を下げると、紫ポニテのその受付嬢は俺に顔を向けて、今度は声量に気を付けながら、驚いた声で言う。


「『勇気ある者たちの集い』って、先日この街の近くの岩山地帯にいたレッドドラゴンを討伐したパーティーですよねっ」
「あ、ああ、そうだが……」


 身を乗り出すようにして言ってくる彼女に、俺は若干身体をのけぞらせながら答える。


「そこまで食いつくことか? ドラゴンを討伐したパーティーなんて、他にもたくさんいるだろ?」
「それはそうですけど、でもこの街をドラゴンの脅威から救ってくれたんですからっ。みんなも喜んでましたし」
「……。そうか……」
「でもなんでドラゴンを討伐できるほどのパーティーなのに、パーティーランクはDなんですかね。リーダーのかたはAなのに。きっとパーティーの誰かが引き下げているんですよ……あ」
「……」


 むっつりと押し黙る俺に気付いて、受付嬢がしまったという顔をする。


「す、すみませんっ。べ、べつに、お客さまのことを言ったわけでは……」
「いや、気にするな。事実だからな。それより、受けられるクエストはあるか?」


 気にするなと俺はそう言ったのだが、それでも受付嬢は気まずさが残っているようで、ぎくしゃくとした様子で対応する。


「い、いま確かめますねっ」


 本に目を向けながら、


「依頼クエストの確認。検索条件、Fランク可能、もしくはランク指定なし。……」


 本に表示されている内容を目で追っている彼女に、


「どうだ、あったか?」
「え、えーっと、それがその、最適なものが見つからなくて……」


 その返答に、俺も本に浮かび上がっている内容を確認する。こちら側から見ると逆向きなので読みにくいが、クエストが全く表示されていないわけではなく、一つだけあった。それを指差しながら俺は言う。


「一つあるだろ、数人でサイクロプスを討伐するとかいう、このクエストが」
「あ、いや、これはですね、ランク指定はされていないのですが、サイクロプスの魔物ランクはBなので、冒険者のかたのランクもやはり基本的にB以上か、最低でもCはないと……」


 冒険者やパーティーだけではなく、魔物にもその危険度などによってランクが設定されている。
 また他にも、いろいろな物事にランクは設定されているが……。それはともかく。


「Fランクには荷が重いってことか」
「す、すみません」
「構わねえ、そのサイクロプス討伐にエントリーしてくれ」
「え、えぇっ!」


 紫ポニテ受付嬢がまたも驚きの声を出す。また周囲の者たちがこちらを見るが、今度はその視線を気にする余裕はないらしく、


「や、やめといたほうがいいですよっ、さすがにFランクのかたじゃ、戦力にならないどころか大怪我しますし、下手したら死んじゃうかもっ」


 要は、足手まといってことを言いたいらしい。


「……正直なのはいいことだとは思うがな」
「あ、す、すみませんっ」


 慌てて頭を下げる彼女に、


「俺なら大丈夫だ。足手まといにならねえようには気を付けるがな」


 サムソンからパーティーを追い出されたのは、俺の光魔法のせいで仲間の目を眩ませちまって、仲間をピンチにさせちまったのが原因だ。
 だから、今度からは誰かと一緒にクエストをこなすときには、そいつをピンチにさせないように気を付けねえと。
 自信ありげに言った俺の言葉に、しかし受付嬢は首を縦には振らなかった。


「そ、そうは言ってもですね、や、やっぱりダメですっ、Fランクのかたにエントリーさせるわけにはいきませんっ、本当に死んじゃうかもしれないんですからっ」
「……やれやれ、融通が利かねえな」
「これに関しては当たり前ですっ、誰だってそうですからっ」


 やれやれ、どうしたものか、と俺が肩をすくめたとき、ギルドの外から悲鳴が聞こえてきた。


「い、いまのって⁉」


 受付嬢が驚きのつぶやきを漏らすのとほとんど同時に、俺はギルドの外へと駆け出していく。


 ……なんだこりゃ……⁉


 ドアを開け放った俺の目に飛び込んできたのは、街を覆い尽くすくらい、空から降り注いでくる大量のスライムだった。


 
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